「はい。彼女も令月香のラベンダーのお香の効果の高さに驚いたと仰っていました。それからラベンダーを買うときはいつも令月香まで足を運んでいたと」

「……」

「けれどいつしか、彼にはもうラベンダーの香りは必要ないと思ったそうです」

「……仕事に戻れたからか?」

「はい。それからは、集中力を高める効果のあるハーブ系や、気持ちを切り替える効果のある柑橘系など、彼の顔色を見ながら変えていたとおしゃっていました」

「……だから、ラベンダーのお香が切れていたのか……」

「ですが、悲しいことが起こり、遠く離れてしまってから、彼はまた暗い表情に戻ってしまった。昔のようなふさぎこみ、生きる気力を失ったようにも見える彼に、彼女はラベンダーの香りを届けたいと思ったそうです。けれど、何度買いにきても売り切れていて、大変残念そうにされていました」

「……来たのか……? さなえが……、ここに……?」

 私は目を伏せた。

 同じ空間にいる彼女が見えない彼に、何を言っていいのかわからない。

「お名前を聞いていなかったので、わかりません。たまたまかも……しれません」

 私は深く頭をさげる。

「さなえを悲しませてたなんて……俺は何をしてるんや……」

 俯く彼は、嘆きのように言った。

 彼の瞳からまっすぐに涙が落ちて、そして最大級の愛しさを込めて、言った。


「ああ……さなえ……一目、会いたい……、抱きしめたい……」