なぜ、それほどまでに、ラベンダーのお香を買いしめたいと思うのだろう。
 そして、『どのお客様にも平等に』といつもそう言う祖母までもが、青木さんの気持ちを優先するのだろう。

 二人の気持ちがわからなかった。
 けれどしばらく考えてから私は「……できません」と答えた。

「これは、約束のお香なんです」

 やっとの思いで伝えた。震える声になってしまった。

 けれど彼は、引き下がらなかった。

「頼む。時間がないんや」

 そう言う彼からはラベンダーの香りがした。



 お店から出て、令月香の扉の前にかけてある看板を“支度中”に変えた。
 まだ閉店時間ではない。けれど、祖母がそうしてほしいと言ったのだ。

 一体何が起こったのだろう。頭の中が混乱している。
 突然来られたお客さんから恐ろしいほどの色を見た。燃え上がるような魂の色が私を覆うように襲いかかってきて、震えが止まらなくなった。

 颯ちゃんが来てくれなかったら、私はどうなっていたのだろう。
 お客さんに暴力を振るわれなくとも、あの燃え盛る色に覆われて、そのままどうにかなっていたかもしれない。

 あの色を思い出し、ブルブルと身震いをした時、そばから小さな泣き声が聞こえた。

 ふと視線を落とすと、そこに白猫が歩いている。
 先日、出会ったばかりの白猫だ。
 その子はこちらを見てもう一度「にゃあん」と鳴いた。

「もう終わりなの?」と聞かれた気がして、「少しだけお休みさせてね。お話が終わったら開けるから、ごめんね」と答えて、店内へ戻った。


 令月香の入り口に鍵を閉めて、私は令月香とやわらぎ聞香処をつなぐ廊下を歩いていく。

 今、祖母、颯ちゃんは、青木さんの話を聞くために、「やわらぎ聞香処」に集まっているのだ。

 暖簾をくぐってやわらぎ聞香処に入ると、青木さんはカウンターの椅子に座って項垂れていた。

 祖母は青木さんの隣に立っている。
「これを飲んで、少し落ち着いてください」