「いらっしゃいませ。ご進物ですか?」

「ええ。どれにしようかと迷っていて」

「では、こちらはいかがでしょうか? 令月香一番人気のご進物でございます」

 令月香の店内に品のある声が響いている。その声には活気も含まれていて、私は目を見開いた。



 祖母の体調不良の理由をずっと考え、心配していた私の元へいつも通りの祖母が現れたのは、昨日のことだった。

「ゆっくりさせてもらったら復活したわ~」

 そういう祖母の顔色はいつも通りだ。声もよく通り、背筋もしゃんと伸びている。若草色の着物がよく似合っている。

「おばあちゃん、もう大丈夫なの⁉」

「ありがとね。今年の夏バテはきつくて大変やったわ」

「な、夏バテだったの⁉」

「せや。あれ? 言わへんかったっけ? 私、毎年これくらいの時期になると、夏バテしてしまうんよ。今年はいつもよりも症状がきつかったけど、一香のおかげでゆっくり休ませてもらって、完全復活したわ」

 祖母はウインクでも出そうな顔でそう言った。

 あれほど、心配したのに……と拍子が抜けそうになったけれど、元気な祖母の姿を再び見ていると、嬉しさがこみあげてきた。

「おばあちゃん、ほんとよかった」

「一香?」

「すごく心配したんだから」

 そう言葉にすると、瞼に涙が溜まっていく。
 その涙が零れる前に、祖母は私を抱き寄せて、

「一香、堪忍な。ほらほら、泣かんでええから」

 ゆっくりと頭を撫でてくれた。

「ほんまに優しい子やな。気にかけてくれてありがとうな。ほら、もう泣きやみ。もうすぐお客さん来るで。開店準備しよか」

「……うん」
 私は涙を拭いて、勘定台の前に立った。

 復活した祖母の接客はやっぱりすごくて、次々に商品を売っていく。
 私は祖母の接客に感心しながら、勘定台の隅に置いてある「お香」を横目に見た。

 それは、最後の一つ「ラベンダーのお香」だ。

『倉庫に一つだけ残っていました』

 そう言って、颯ちゃんが昨日持ってきてくれたのだ。
 もうどのラベンダーのお香も売り切れ。次入荷できるまで、時間がかかってしまう。それでは、ラベンダーの香りが欲しいと願う彼女の要望にお応えできない。

 私は商品棚のラベンダーのところに「売り切れ」の張り紙をして、取り置きにしておいた。彼女が来てくれたら、すぐに渡せるように、勘定台の隅に置いてあるのだ。

 最後の一つのラベンダーのお香を眺めていると、カランと鈴の音が鳴って、お客様が入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 私と祖母の声が重なった。