それは、母親だ。

 私の力を拒絶し、他人と違う私を否定し、京都へ行くことを反対しなかった母親。

 母親のことを想うと目の前が真っ暗になる。思い出すだけで絶望的な悲しみに包まれてしまう。こんな想いをするくらいなら、もう考えたくない。私には母親はいない。そう思った方が楽だった。

 それなのに、“会いたくても会えない人”そう聞いて、思い出してもしまうのも母親だった。

 私の中の小さな私は、母親に会いたいと泣いている。

 どちらも私の本音だ。
 悲しい、許せない、思い出したくない……けれど、会いたい。

 私の本心は、一体どこにあるのだろう。

「そう……」

 複雑な顔をしてしまったのかもしれない。彼女の色が不安げに揺れたのが見えて、しまったと思った。明るい話をしなきゃ。

「すみません! 私の話ばかりしちゃって」

「ううん。教えてくれて嬉しかった。話してくれてありがとう……」

 私は静かに首を横に振った。

 温かいお茶を飲み終えた彼女は、「今日は本当にありがとう。また近々寄りますね」そう言って聞香処を去って行った。