颯ちゃんのように、言葉も所作も美しく……そう思い、心を込めようとするが、手順ばかりに気を取られて、急ぎ足で進めてしまった。
 私は颯ちゃんのようにスムーズに進めることはできなかった。

 彼女の初めての聞香体験を苦い思い出にしていないか気になって、彼女の色を見る。
 彼女の薄紫色は、幸せそうに揺れ動いている。

 私は奥のキッチンへ入った。今日は雫屋さんの和菓子はないので、温かい煎茶だけ用意して、彼女にお出ししようと思ったのだ。

 温かい煎茶を運ぶと、空薫の香りがふわりと流れ、彼女に届いた。

 すると、彼女の色が落ち着いた色に変化した。
 その変化は、聞香体験をした方の色の変化と同じだった。

 心安らぐ時間を提供できたことに安心して、私はホッと一息ついた。彼女は温かいお茶を飲んでから、話し出した。

「実は、ずっと気になっていたんですが……」

「はい。なんでしょうか?」

 唐突に、けれど、ずっと聞きたかったことのように、彼女が問うた。

「どうして、香りを“嗅ぐ”と言わずに“聞く”というのですか? 香りはやはり“聞く”というより、“嗅ぐ”だと思うのですが」

 この質問は、私も少し前に颯ちゃんに聞いた質問だった。

 その時彼は、丁寧に教えてくれた。私は彼の低い声を思い出しながら答えた。

「香りを聞くというのは、香りがその香りに乗せて言おうとしてる何かを“自己をむなしくして聞きとる”ためだと言われています」

「自己をむなしくして、聞きとる……?」

「はい。自己を虚しくするとは、自分の心の中を空っぽにすることを意味します。香りを嗅ぐのではなく、聞くことで、心を空っぽにして、静けさを保つことができます」

「……ええ」

「すると、香りと共に、自分の中にある本音や願いが見えてくる」

「本音や……願い?」


「はい。研ぎ澄まされた香りは、”本心”を教えてくれるそうです」