でも、私は……。

 その時、令月香と聞香処をつなげる廊下のほうからガコンと音がした。
 振り向くと、颯ちゃんがこちらを見ていた。令月香に何か用だろうか。

「颯ちゃん、どうしたの?」

 そう言って、彼に近づこうとしたけれど、颯ちゃんは私の横を通り過ぎ、そのまま恭太郎のほうへ歩いていった。
 初めて彼にスルーされたことにショックを受けながら二人のことを見やる。今日は、恭太郎に用事だったのかな?

「海、ですか?」

 地の底を這うかのような低い声に、背筋がゾクリとした。
 緊張感が走ったのは、私だけではない。

 恭太郎も颯ちゃんの聞いたことのない声に驚き、顔を引きつらせている。
 颯ちゃんが冷たすぎる瞳で恭太郎を見据えると、恭太郎の色が大きく燃え上がった。

 その色は驚きと恐怖を表している。
 恭太郎の持つ赤色がこのようなに変化するのを初めて見た。珍しく恭太郎が動揺している。

「本当に一香さんを海へ連れて行く気ですか」