私が十歳だった頃、令月香に大学生のアルバイトさんがいた。
その人の名前は、三ツ井颯也(みついそうや)さん。
私よりもずっと年上の男の人だった。
スッと伸びた背に、着物のアンサンブルから伸びる長い手足。切れ長の瞳にかかりそうな黒髪に、シャープな顎のライン。何事にも動じず、いつも冷静な人だった。
私は彼を「颯(そう)ちゃん」と呼んだ。
もし、おとぎ話に出てくる王子様が現実に現れたら、颯ちゃんのような人ではないかと思いながら見ていた。洋風の王子様ではなくて、和風の王子様。
きっとひとめぼれだった。
あの頃の私は、颯ちゃんを見るたびにドキドキしていたし、胸が高鳴るのがわかった。でもその時は、それが恋だとはわからなかった。
『一香さん、どうかされましたか?』
九つも年下の私に、颯ちゃんは、敬語で話してくれた。それは令月香の孫娘だから。
その敬語も今思えばおかしなものだけれど、あの頃の私は自分のことをプリンセスと勘違いしていたのかもしれない。颯ちゃんの敬語を素直に受け取って、わがままを言った。
『今日ね、石階段の上の神社でお祭りがあるんだって。楽しみにしていたんだけど、おばあちゃんに急用ができて、行けなくなったって……』
浮かない顔をしている私を励まそうとしてくれたのか、颯ちゃんが迷いなく答えた。
『じゃあ、僕と行きますか?』
『え……、いいの? 行きたい!』
颯ちゃんは、着物姿だったので、私も浴衣を着せてもらった。白地に金魚が泳いでいるような柄だった。祖母に頼んで、髪の毛にかんざしを挿してもらった。
誰かのために可愛くなりたいと思ったのは、この日が初めてだった。