「私、令月香さんのラベンダーの香りの大ファンなんです。だから、また寄りますね」

「ありがとうございます」

 私が頭を下げると、彼女はにこりと微笑んでから、店を出て行った。

「あら? お客さんやった?」

 母屋に繋がる暖簾をくぐって祖母が顔をのぞかせた。朝よりは顔色が良い。少し休憩できたのかもしれない。

「うん。でも、ラベンダーの香りが売り切れていて……」

「そうやった。最近よくラベンダーが売れるんやわ。補充せなあかんと思ってたのに、うっかりしてしたわ。一香、堪忍な」

「ううん。大丈夫だよ」

 私が休憩しているとき、あるいは祖母が一人で店番をしている午前中に、たくさん買いに来られたのかもしれない。

「最近、この手軽に楽しめるタイプのお香が人気やわ。この間は男性がたくさん買っていったし、高校生くらいの女の子もよく買ってくれるしな。今となっては老若男女問わず人気やわ」

「嬉しいね」

 そう私は答えた。祖母は微笑み返してくれる。

 お香の世界が少しずつ広がっていくのは嬉しい。
 何かと落ち着かない世の中でも、好きな香りと共に過ごす時間は、ゆったりと心を落ち着かせてくれるから。


「それにしても、今日の一香は変わった香りさせてるやんか」

 ふいに祖母が言った。

「そう。これね、颯ちゃんにもらったの。塗香っていう香りなんだって」

「塗香ねぇ」

「おばあちゃん、知ってる?」

「そりゃもちろん。何年この店にいると思ってんの」

「ウチに塗香って香り、あったっけ?」

「いや、ウチにはおいてへん。そうかぁ、塗香を送るとはねぇ」

 そう言いながら祖母は嬉しそうに母屋へ戻っていった。