数日前の初夏の日を思い出している私は今、彼からもらった塗香の香りに包まれている。

 朝起きると、一番にこのお香を体に塗るようになった。夕方の今は時間が経って、手首からほんのりと甘い香りがする。

 今日、私は令月香で働いている。

 祖母の顔色があまりよくないように見えたので、颯ちゃんに無理を言って、こちらで働くことにしたのだ。今日は令月香も聞香処もお客は少ない。

 今、店内にお客さんはおらず、勘定台に祖母がいてくれるので、私は店先へと出た。

 手首から届く甘い匂いに包まれながら、掃き掃除をしていると、目の前を白猫が通りかかった。このあたりで、野良猫を見るのは珍しい。

「にゃああん」

 白猫は、私の着物の裾にすり寄ってきた。私はその場にしゃがみこみ、猫の頭を形に沿って撫でる。猫は気持ちよさそうに目を閉じて撫でられている。
 人懐っこい子。毛並みは整っているし、汚れてもいない。鈴もついているし、飼い猫だろうか。

「どこから来たの?」
「にゃああん」

 そっと声をかけると、猫は返事をしてくれた。何を言っているのかわからないけれど。

 そして、白猫は鈴をチリンと鳴らして、寺町商店街のアーケードの入り口のほうへと歩いていった。

 あちらに自分の家があるのかな? 
 迷子にならず帰れたらいいな、そう思いながら、私は白猫を見送った。