エミリア様はそう言ってティアラを指さす。鮮やかなオレンジ、イエロー、グリーン……さまざまな色の宝石があしらわれている。大きさも、ウズラの卵以上はありそうだ。何カラットあるのだろう? あんなにたくさん宝石がついたティアラ、元の世界で買うとしたら何十億円もかかるにちがいない。
「私がおとなになったらくれるんですって。おとうさまがそう言ってたの」
「へぇ~。いいですね」
「早くおとなになりたいなぁ」
エミリア様がそう呟くので、これ幸いと私は口を開く。
「お野菜いっぱい食べられるようになれば、早く大人になれますよ!」
「それはぜったいにいや」
やはり、こんな子供だましの言葉で騙されることはないだろう。私はピタッと口を閉じた。
***
「はぁ、遅くなっちゃった」
図書室にいるうちに、すっかり夜が更けてしまっていた。窓の向こうは真っ暗で、月明かりが廊下を照らしている。それと壁についている小さなろうそくの灯だけが頼りだ。
エゴールが言っていた通り料理の本がたくさんあって、それを見ている内に時間を忘れてしまっていた。文字は読めなかったけれど……この世界の料理は興味深いものばかりだった。見たことのない食材が多いので味の想像は出来なかったので、今度厨房のスライムシェフさんたちに作ってもらおうかなと考えながら、私は自分の部屋に進む。
「……あれ?」
今日は色んな人に遭遇する日だ。厨房の前を、見覚えのあるツノの持ち主がうろうろとしている。
「魔王様ですか?」
「わっ! 驚いた、コユキか」
急に声をかけたので、魔王様は驚いてしまったみたいだ。私がそれを詫びると、彼は「気にしないで欲しい」と少しバツが悪そうに小さく笑った。
「どうしたんですか? 厨房、誰もいないみたいですけど」
「いや……執務に追われていたら、夕食を取り損ねてしまってな。何か作ってもらえないかと思ったのだが……我慢するしかないようだな」
グゥ~~という間の抜けた音が、廊下に響いた。その音は魔王様のお腹から聞こえてきて、私はおかしくなってしまってつい噴き出してしまう。魔王様はさらに恥ずかしそうに顔をそむけた。
「あの、よろしければ私が何か作りましょうか?」
「いいのか?」
「簡単な物なら、すぐに用意できますよ」
「すまない、頼んでもいいだろうか?」
「はい!」
魔王様は「執務室にいるので、そこに届けて欲しい」と告げて、黒いモヤとなり消えていった。私は急ぎ足で調理室に向かう。頭の中は、夜食メニューの構想でいっぱいだ。
「魔王様、執務室にいるって言ってたから……多分まだ仕事してるんだよね。それなら、簡単に食べられるものがいいかな?」
私は冷蔵庫の前に立つ。
「海苔と卵、ランチョンミート缶! あとはご飯とレタス!」
そう冷蔵庫に呼び掛けると、中からゴトンという音が響いた。私は冷蔵庫の扉を開けて、にんまりと笑う。私がいつも食べている夜食メニューが魔王様の口に合うか不安だったけれど、たまには「庶民の味」だっていいだろう。
***
お盆を持ちながら執務室のドアをノックすると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。私はそっとドアを開けて、執務室の中に入る。
「遅くなりました」
「いや、私が急に頼んだんだ。少しくらいなら構わない」
書類の山がうず高く積まれていて、声は聞こえるけれど魔王様の姿は良く見えない。たまに、スウィングするように揺れるツノだけが垣間見える。
「ここに置いてくれ」
魔王様は小さな机の上に置いてあった書類を避けてスペースを作る。私はそこにお盆を置いた。
「……なんだ、その真っ黒な塊は」
「ふふ。【おにぎらず】です」
「オニギラズ?」
やはり聞いたことのない食べ物みたいだ。
「私の世界には、おにぎりって言う、ご飯を持ちやすいサイズにまとめた簡単料理があるんですけど、それのアレンジ版です」
私は持ってきたナイフで、魔王様曰く【真っ黒な塊】を半分に切った。
「ランチョンミートと卵のおにぎらず、です!」
断面からは、ランチョンミートと炒り卵、レタスが見える。簡単だからと、私が良く作るメニューでもある。
まずは薄焼き卵をつくり、厚さ約5mm程度にカットしたランチョンミートは軽く焦げ目がつくくらいまで焼く。海苔の上にご飯を乗せて軽く均した後、ランチョンミート、ちぎったレタス、薄焼き卵を乗せて、その上にさらにご飯を乗せていく。それらを海苔で四角くなるように包んで軽く馴染ませたら完成!
お味噌汁もいいけれど、私はこれにほうじ茶を合わせるのが好きだった。お盆には淹れたてのほうじ茶も置いてある。
それに、魔王様は執務中だと言っていたので、箸を持つ時間も惜しいだろう。
「初めて見るな……」
「これなら手を汚すことなく、お腹も満足かなって思いまして。私も自分の夜食に良く作るんです」
「ありがとう。いただくよ」