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「ほんとーーに何も食べませんねあの子は!!」
「だから言ったじゃないですか」

 私の虚しい叫び声が調理室の中に響き渡る。そのすぐ近くで、エゴールはエミリア様用に作った食事の試作品を食べている。彼が「うまいうまい」と言いながら食べてくれるので、味は悪くないのだと思うけれど……エミリア様は、どんなものを作っても、自分が食べられるものしか手を付けてはくれなかった。

 エミリア様の好き嫌いは、聞いていた以上のものだった。出すメニュー全て、とてもつまらなそうな顔で見つめて……衝撃的な行動をとり始める。

初日は、まず手始めにと思ってよくあるお子様ランチ風のプレートを出してみた。ハンバーグとサラダとパン。この中で手を付けなかったのは、サラダだけだった。まずはこの野菜嫌いを何とかする必要があると思い、二日目は少し趣向を凝らして、ミックスベジタブルを入れたオムライスと野菜を細切れにしたコンソメスープを作ってみた。

「それなのに、あんなにチビチビチビチビ……ミックスベジタブルを取り除きながらオムライス食べますか!?」

 エミリア様の食卓は、衝撃的なものだった。スプーンで少しずつ、チキンライスの中に潜り込ませたミックスベジタブルを指でほじくり出し、それを取り除いたらやっと食べる。その繰り返し。コンソメスープに至っては、液体部分だけ飲んでいき、野菜は丸まるそのまま残っていた。

「ね、手ごわいでしょ?」

 エゴールはふふんと鼻を鳴らす。

「何でエゴールはそんなに得意げなのよ。もう試作品食べさせてあげないわよ」
「そ、それだけは勘弁を!」

 とりあえず、栄養士の卵あるまじき発想だけど……栄養は二の次、まずは食べることができる品目を増やしていきたい。幸いなことに、この数日、エミリア様の食の傾向が分かってきた。

 まず、お肉はよく食べる。ハンバーグも食べてくれたし、チキンライスのお肉は取り除かなかった。けれど、そこに小さく刻んだ野菜が入るとちまちまと取り除くし、最悪の場合食べてはくれなくなる。あとは、パンやご飯、麺類といった炭水化物もよく食べてくれるので助かっている。

 あと、野菜は嫌いだけど……トマトソースは大丈夫みたいだ。トマトは一切手を付けてくれないけれど。それと、ケチャップも大丈夫。あとはトマトソースのパスタも食べてくれた(ちなみに、一緒にいれたベーコンは食べたが、シメジや玉ねぎは綺麗にお皿に残っていた。悔しかった)。

 この傾向を上手く利用できればと思うけれど、頭が煮詰まってしまって、上手い事アイディアが生まれてこない。その間に、エゴールは試作品を食べ終えてしまっていた。

「コユキ様、気分転換に散歩などいかがですか?」
「散歩ぉ?」

 悩んでいる私の様子を気遣ってくれたのか、エゴールがそう提案してくれた。

「ここを離れれば少し気分が変わるのでは? それに、まだあまり城の事もご存じないでしょう?」
「確かにそうだけど……」
「この城の図書室の蔵書量は国一番ですよ! もしかしたら、いい料理の本があるかもしれませんし! ほら、いってらっしゃい!」

 半ば無理やり、調理室から追い出されてしまった。……私、この世界の文字読読めないんだけど。そう言う間もなく。

 でも、気分転換に散歩はいいかもしれない。私は伸びをしてから、城の中を歩き始めた。

 しばらく歩くと、大広間が近づいてくる。その廊下の先に、小さな人影が見えてきた。ふんわりとしたワンピースに、小さなツノ。そんな姿を持つのは、この城で一人きり。彼女は、何かをじっと見上げている。……その横顔は、どこか寂しそうに見える。

「エミリア様?」

 私が声をかけると、少し間を置いてからエミリア様は反応した。

「あ、コユキ!」

 私を見つけたその表情は、先ほどまでの寂しそうなものからパッと華やかな物に変わる、あれだけ嫌いな食事しか出していないのに、エミリア様から嫌われていないのがまだ救いだった。

「どうしたの? もう私のごはんつくるのやめたの?」
「いーえ。気分転換のお散歩です。エミリア様はどうしてここに?」
「これを見てたの」

 エミリア様は再び何かを見上げる。私も彼女の視線の方向を見た。そこには、肖像画と、今まで見たことないくらい大きな宝石で作られたティアラとネックレスが飾ってある。肖像画にある姿は、そのアクセサリーを身に着けた女の人だった。

(あれ、この人……)
「私のおかあさまよ」
「ああ、やっぱり。何だか似ている気がしました」
「でしょ!」

 金色の髪をなびかせて、柔らかく微笑んでいる女性。この絵の人とエミリア様、目元のあたりがよく似ている。

「そういえば、エミリア様のお母様って……」

 私は今まで、父親である魔王様にしか会っていない。私がそう小さく呟くと、エミリア様は少しだけ表情を曇らせた。聞いてはいけないことを口に出してしまったみたいだ。

「私が赤ちゃんの時にしんじゃったって」
「……そうだったんですね」
「私、おかあさまのこと、全然おぼえてないの。赤ちゃんだったから……」

 私が寂し気に震えるエミリア様の背中にそっと手を添えると、エミリア様は少しだけ笑みを浮かべた。

「あのティアラ、すてきでしょ?」