「はぁっ!? な、何なの! ていうか、ここどこよ!?」

 周囲は真っ暗で何も見えなくて、埃っぽい臭いが鼻につく。私は強打したお尻を擦る。分かることはただ一つ……私が今ここにいるのは、先ほどまで勉強していた大学の図書館ではないという事だけ。

(本当に、どこなんだろう……? 私はなぜこんな所に、図書館で誘拐された? いやいや、そんなまさか)

 そんな考えが頭の中を駆け巡る。落ち着こうと何度も深呼吸を繰り返しても、今いるこの状況が理解できなくて、気持ちがどんどん焦り始めてきた。

「あ、あのー! 誰かいませんかー?」

 私が暗闇に向かってそう叫ぶ。それに返事するみたいに、私を取り囲む様に松明に炎が灯った。ひんやりとしていた部屋の中が、暖かくなっていく。

「魔王様! 成功です!」
「へ?」

 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。

「……――っ!」

 私の目に飛び込んできたものに、私は声にならない叫びをあげた。

私の目の前に、真っ黒な服を着た男の人が立ちはだかる。私が驚いたのは、彼の頭に生えている鋭いツノのようなものが見えたからだ。

「……」

 彼はじっと私を見下ろす。私も視線をずらすことができず、じっとツノばかり見ていた。

「魔王様、この者で間違えないですね?」

 どこからともなく聞こえてきた声に、彼は「あぁ」と短く返事をする。

「いや~~、良かった良かった。異世界から生きている人間を召喚したのは初めてでしたから、何かトラブルが起きないかだけが心配でしたが……」

 どこにいるか分からなかった声の主が、その男の人の『足元』からひょっこりと顔をのぞかせた。

「……ぎゃーーーー!!! ば、ば、ば、化け物ーー!!!」

 今度は、大きな叫び声をあげてしまった。だって、その姿は……まるで物語や漫画で見るような【小鬼】そのものだったから。

「ば、化け物とは失礼な!!」

 その【小鬼】のような生き物は、憤慨しながらぴょんぴょんと近づいてくる。

「いや! 来ないで、化け物!」

 私は体の痛みを忘れて、勢いよくあとずさる。

「いだっ!」

 そしてそのまま、背後の石壁に頭を強く打ち付けてしまい……気を失ってしまった。

***

 再び目を開けた時、今度は私の事を覗き込んでいる女の子と目が合った。

「あら、目がさめたのね」

 女の子はニコリと笑って、私に向かってそう声をかける。私は状況が理解できないまま頷き、ニコニコと笑う彼女の事を見ていた。真っ黒な瞳に、同じような黒髪。そして……あの時【魔王】と呼ばれていた彼のように、この子の頭にもツノのようなものが生えていた。

「よかった。きゅうにたおれちゃうんだもん、びっくりしちゃった」
「はぁ……」

 私はゆっくりと起き上がる。かかっている布団はとてもフカフカで、上等なものであるというのがすぐに分かる。部屋を見渡すと、調度品も何だか豪華だ。私はいつの間にか立派なお屋敷に連れてこられていたらしい。

「エゴール、起きたわよ」

 女の子がそう言うと、ピョンッとベッドの上に何かが飛び乗った。

「ぎゃー!!! さっきの化け物!!!」
「ば、化け物……! さっきから失礼ですよ!」
「そうよ、エゴールは化け物じゃないわ。ゴブリンよ」
「ご、ごぶ……?」

 私の頭の上にハテナマークがたくさん浮かんでいる。目の前で顔を見合わせている、ツノを話している女の子とゴブリンという生き物。どんな展開になっているのか、さっぱり分からない。そんな様子に気づいたのか、エゴールというその化け物が咳ばらいをした。

「混乱しているのも仕方ないですね。あなたにはまだ何も説明していませんでしたから」
「はぁ……あの、そもそも、ここってどこなんですか? 私、大学の図書館で勉強していたはずなんですが」

 居眠りをして、お母さんの夢を見ていたら、いつの間にかこんな所に連れてこられていた。悪い夢だと思いたけれど、ぶつけた頭のズキズキという痛みが、これが夢ではないという事を教えてくれる。

「ここは、魔国の魔王城。魔王様が暮らす城の中です。あなたは我々がここに召喚したんですよ!」
「まこく? まおうじょう? しょうかん?」

 聞きなれない言葉に、さらにハテナマークが増えていく。

「変な冗談やめてよ、もう。どっきりってやつ? これもどうせロボットなんでしょ?」

 私の事を見上げるゴブリンをつねると「痛い痛い」と大騒ぎをしていた。

「離してくだひゃい! もう……我々は【ある目的】で貴女の事をこの世界に呼び寄せたんです」
「【ある目的】って……なんですか、それは」

 ゴブリンがぐっと胸を張った瞬間、部屋全体に黒いモヤが広がっていく。そのモヤは一か所に集まり、だんだんと人の形になっていった。その姿は、気絶する前に私が見た、ツノを生やした男の人に変わっていった。ゴブリンは口をあわあわと開きながら、とても驚いている。