「はぁ……グラフィラ様のことですか……」
エゴールは深いため息をつき、持っていたフォークを置いた。
「グラフィラ様は、元はレオニード様の幼馴染であった方です。レオニード様には本当は違う、高貴な家出身の婚約者がいたのですが、レオニード様ときたら、グラフィラ様以外の女性とは結婚するつもりはないとおっしゃって……反発されながらも、二人は結婚したのです」
そう語るエゴールの表情は、とても悲しげだ。私はじっとその話に耳を傾ける。でも、中々情熱的な人のようだ、レオさんは。
「お二人は、それはそれは仲睦まじくて……すぐにエミリア様を身ごもりました。グラフィラ様はとても聡明で、誰とでも親しくなれる明るい女性であり、反対していた城の者もその頃にはグラフィラ様を受け入れるようになりました」
肖像画に残る優し気な表情を思い浮かべる。グラフィラ様がどんな女性だったのか、その話を聞いているだけで手を取る様に分かった。きっとレオさんも、心底グラフィラ様の事がとても好きだったのだろう。
「我々はとても穏やかな日々でした……あの日、あんなことが起きるまでは」
「あんな事?」
私はそう聞き返すが、エゴールはそれ以上語りたくないらしく……再びフォークを手に取り、口いっぱいにパスタを食べ始める。これ以上話したくないなら、私も余計な詮索をするのはやめておこう。
「さて、お弁当の中身の試作品でも作るかなー! ねえ、エゴール。試食していってくれる?」
エゴールは口をもごもごと言わせながら、何度も頷いてくれた。
***
「……ふう、できた」
私は重箱の蓋を閉めて、大きく伸びをする。今日はレオさんとエミリアちゃんがお墓参りに行く日。時間に間に合わせるようにうんと早起きしたから、少しだけ眠たい。
「でもちょっと量が多すぎたかな……」
重箱を持ち上げると少しずっしりとしている。小さな子どもと成人男性、二人分のお弁当の量がいまいちわからなくて、少し作り過ぎてしまったかもしれない。まあ、もし残ってもエゴールが食べるしいいか、と私はそれを風呂敷で包む。包み終えた時、調理室のドアが小さく開いているのに気づいた。
「……コユキ」
「エミリアちゃん! ちょうどよかった、今お弁当ができた所なんだけど……」
いつもふんわりとしたワンピースを着ているエミリアちゃんは、今日はネルシャツにパンツスタイルでとてもアクティブな装いだ。
「あれ? どうしたの、元気なさそうだけど……もしかして具合悪いのかな?」
エミリアちゃんの表情はどこか浮かない。おでこや首に触れてみたけれど、熱はないようだ。
「頭とか、お腹痛いのかな? 大丈夫? これからお出かけでしょう?」
「ちがうの、あのね、コユキ……お願いがあるの」
エミリアちゃんは潤んだ目で私を見つめる。
「お願い? なに? 言ってごらん」
「あのね……今日、ついてきてほしいの」
「……はい?」
エミリアちゃんは拙いながらも話し始める。曰く……レオさんと二人きりで出かけるのは、どこか気まずいところがあるらしい。
今までレオさんは仕事が忙しくて、エミリアちゃんのために時間を使うことはあまりなかった。エミリアちゃんも、あまり父親であるレオさんと過ごすことがなく……長時間二人きりで過ごすのは、どうしたらいいのか分からないと言っていた。
その気持ち、私にはよく分かる。私もお母さんという潤滑油が無くなってしまった後、お父さんと二人きりでどう過ごしたらいいのか、しばらくの間分からないままだった。
「でも私がついて行くっていうのは……エゴールは? 声かけてみた?」
エミリアちゃんは頷く。
「でも、いそがしいって」
「忙しい? あいつ、いつもここで油売って過ごしてるけど」
「今日はお父さまのかわりにおしごとするんですって」
「……なるほど」
普段からとても忙しいレオさんは、そうやってエミリアちゃんとの時間を捻出しようとしたわけだ。その涙ぐましい努力に私は少し感動する。
「うーん……よし、分かった。いいよ、ついて行く」
「ホント!?」
「ちょっと待ってて、動きやすい服に着替えてすぐに行くから」
「わかった! 玄関にいるわ、はやくきてね!」
私が行くと返事をすると、さっきまで浮かない顔をしていたエミリアちゃんの表情がぱっと華やかになる。……でも、二人きりの時間を楽しみにしていたレオさんは少しがっかりしそうだな。
私はジーンズを履き重箱を持って、玄関に向かった。そう言えば、この世界に来てからお城の外に出るのは初めてだった。そう考えると、ちょっとだけワクワクしてしまい、足取りも軽くなる。
玄関に着くと、レオさんとエミリアちゃんがすでに待っていた。レオさんはいつものマントは着ていないけれど、相変わらず真っ黒な格好だった。
「すいません、お待たせして」
「いや。こちらこそエミリアが我がままを言ったようですまない。……それ、重たいだろう? 代わりに持とう」
エゴールは深いため息をつき、持っていたフォークを置いた。
「グラフィラ様は、元はレオニード様の幼馴染であった方です。レオニード様には本当は違う、高貴な家出身の婚約者がいたのですが、レオニード様ときたら、グラフィラ様以外の女性とは結婚するつもりはないとおっしゃって……反発されながらも、二人は結婚したのです」
そう語るエゴールの表情は、とても悲しげだ。私はじっとその話に耳を傾ける。でも、中々情熱的な人のようだ、レオさんは。
「お二人は、それはそれは仲睦まじくて……すぐにエミリア様を身ごもりました。グラフィラ様はとても聡明で、誰とでも親しくなれる明るい女性であり、反対していた城の者もその頃にはグラフィラ様を受け入れるようになりました」
肖像画に残る優し気な表情を思い浮かべる。グラフィラ様がどんな女性だったのか、その話を聞いているだけで手を取る様に分かった。きっとレオさんも、心底グラフィラ様の事がとても好きだったのだろう。
「我々はとても穏やかな日々でした……あの日、あんなことが起きるまでは」
「あんな事?」
私はそう聞き返すが、エゴールはそれ以上語りたくないらしく……再びフォークを手に取り、口いっぱいにパスタを食べ始める。これ以上話したくないなら、私も余計な詮索をするのはやめておこう。
「さて、お弁当の中身の試作品でも作るかなー! ねえ、エゴール。試食していってくれる?」
エゴールは口をもごもごと言わせながら、何度も頷いてくれた。
***
「……ふう、できた」
私は重箱の蓋を閉めて、大きく伸びをする。今日はレオさんとエミリアちゃんがお墓参りに行く日。時間に間に合わせるようにうんと早起きしたから、少しだけ眠たい。
「でもちょっと量が多すぎたかな……」
重箱を持ち上げると少しずっしりとしている。小さな子どもと成人男性、二人分のお弁当の量がいまいちわからなくて、少し作り過ぎてしまったかもしれない。まあ、もし残ってもエゴールが食べるしいいか、と私はそれを風呂敷で包む。包み終えた時、調理室のドアが小さく開いているのに気づいた。
「……コユキ」
「エミリアちゃん! ちょうどよかった、今お弁当ができた所なんだけど……」
いつもふんわりとしたワンピースを着ているエミリアちゃんは、今日はネルシャツにパンツスタイルでとてもアクティブな装いだ。
「あれ? どうしたの、元気なさそうだけど……もしかして具合悪いのかな?」
エミリアちゃんの表情はどこか浮かない。おでこや首に触れてみたけれど、熱はないようだ。
「頭とか、お腹痛いのかな? 大丈夫? これからお出かけでしょう?」
「ちがうの、あのね、コユキ……お願いがあるの」
エミリアちゃんは潤んだ目で私を見つめる。
「お願い? なに? 言ってごらん」
「あのね……今日、ついてきてほしいの」
「……はい?」
エミリアちゃんは拙いながらも話し始める。曰く……レオさんと二人きりで出かけるのは、どこか気まずいところがあるらしい。
今までレオさんは仕事が忙しくて、エミリアちゃんのために時間を使うことはあまりなかった。エミリアちゃんも、あまり父親であるレオさんと過ごすことがなく……長時間二人きりで過ごすのは、どうしたらいいのか分からないと言っていた。
その気持ち、私にはよく分かる。私もお母さんという潤滑油が無くなってしまった後、お父さんと二人きりでどう過ごしたらいいのか、しばらくの間分からないままだった。
「でも私がついて行くっていうのは……エゴールは? 声かけてみた?」
エミリアちゃんは頷く。
「でも、いそがしいって」
「忙しい? あいつ、いつもここで油売って過ごしてるけど」
「今日はお父さまのかわりにおしごとするんですって」
「……なるほど」
普段からとても忙しいレオさんは、そうやってエミリアちゃんとの時間を捻出しようとしたわけだ。その涙ぐましい努力に私は少し感動する。
「うーん……よし、分かった。いいよ、ついて行く」
「ホント!?」
「ちょっと待ってて、動きやすい服に着替えてすぐに行くから」
「わかった! 玄関にいるわ、はやくきてね!」
私が行くと返事をすると、さっきまで浮かない顔をしていたエミリアちゃんの表情がぱっと華やかになる。……でも、二人きりの時間を楽しみにしていたレオさんは少しがっかりしそうだな。
私はジーンズを履き重箱を持って、玄関に向かった。そう言えば、この世界に来てからお城の外に出るのは初めてだった。そう考えると、ちょっとだけワクワクしてしまい、足取りも軽くなる。
玄関に着くと、レオさんとエミリアちゃんがすでに待っていた。レオさんはいつものマントは着ていないけれど、相変わらず真っ黒な格好だった。
「すいません、お待たせして」
「いや。こちらこそエミリアが我がままを言ったようですまない。……それ、重たいだろう? 代わりに持とう」