「今日のランチは、キャベツとアンチョビのペペロンチーノと、カボチャのクリーミーサラダです」
「キャベツ! サラだ! いや!」
「ワガママ言っていないで、食べてよエミリアちゃん。はい、レオさんもどうぞ」
お皿を二人の前にそれぞれ置く。レオさんが先に「いただきます」と言うが、エミリアちゃんは不服そうなままだ。
あのニョッキの日から、週に一度、レオさんとエミリアちゃんのランチタイムが設けられるようになった。エゴール曰く、レオさんの仕事は今もいっぱいいっぱいだけど、この日が来るのが楽しみになっているとのこと。
訪れた変化は、それだけではない。
「エミリアちゃん、カボチャ少し食べられるようになったじゃない。食べてよ」
そう、あの時のニョッキ。エミリアちゃんは比較的、カボチャのニョッキを多く食べていたのだ。これはチャンスだと思った私は、まずカボチャのお菓子を作ることで彼女を懐柔していくことに決めた。カボチャはお菓子のレシポが多い。まずはカボチャアイスやプリンから始めて、カボチャのクッキー、朝食用のスコーンやパンケーキに混ぜてみたり……徐々に、カボチャに慣れてもらってきた。もちろんエミリアちゃんは、最初は嫌な顔をしていたけれど、プリンやアイスはお口に召したみたいで、今ではたまにリクエストされることも増えてきた。ここで満を持して、サラダである。
柔らかく蒸かしたカボチャに、クリームチーズ、水にさらしてから良く絞った玉ねぎのみじん切り、ヨーグルトを加える。カボチャの原型がなくなりクリーミーになるまで混ぜたら、マヨネーズや塩コショウで味を調えていく。しょっぱさよりも、カボチャの甘みが残る様に調整した。その方がエミリアちゃんは食べやすいだろうと考えて。
「おいしいよ、エミリア。食べてごらん」
レオさんは先にカボチャのサラダを食べ始めている。エミリアちゃんは渋々と食べたら、悪くないじゃないと言わんばかりの表情を見せる。私とレオさんは顔を見合わせて小さく笑った。これで、カボチャはきっと乗り越えられる。
「アンチョビってなに?」
半分ほどカボチャのサラダを食べた後、パスタを食べ始めていたレオさんを真似するように、エミリアちゃんはパスタのお皿を自分の近くに引き寄せた。そしてフォークを握り直して、私に問いかける。
「えっと……カタクチイワシっていう小さなお魚を塩漬けにして、オイルにいれて保存したモノなんだけど」
「お魚!? お魚いや!」
「え?」
エミリアちゃんはフォークを置いて、止める間もなく逃げ出してしまっていた。レオさんはその名を呼んで止めようとしたり、エゴールが体を張ったりしたけれど、文字通り一目散。あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
「忘れてた……エミリアちゃんの魚嫌い」
確かにアンチョビは魚だけど、みじん切りにして調味料として使っているから、魚としての原型はほぼ残っていない。それでも「魚が入っている」という事実が嫌なのだろう。
「エミリアが申し訳ない。一口も食べずに……」
「いえいえ。エゴールが後で食べるので大丈夫ですよ」
「はい! 僭越ながら私がいただきます!」
冗談で言ったつもりのに、エゴールは食べる気満々だった。
(でも、困ったな。そろそろ魚に手を出したかったんだけど、あの拒否反応は……)
食卓についてもらう前にまずは鬼ごっこになりそうだ。料理を作る体力は残るだろうか。
「コユキ」
「はい!」
考え事をしていると、レオさんが声をかけてきた。
「申し訳ないついでに、一つ頼みごとがあるんだが……」
「はい。何でしょうか?」
「弁当を作って欲しい」
「……はい?」
唐突にそんな依頼をしてきたレオさんの話は、こうだった。
そろそろ、亡くなったレオさんの奥さんでありエミリアちゃんのお母さん、王妃であるグラフィラ様の命日らしい。今年は、エミリアちゃんを連れてお墓参りに行くとのこと。しかし少し距離があるので、親子の時間を作るためにピクニックを兼ねて行くらしい。
(それにしても、随分アットホームな魔王様だな。うちの父親とは大違い)
調理室に戻った私は、料理ノートを開いて、さっそくお弁当の中身を考え始めていた。この料理ノートには、この世界に来てから作ってきた料理すべてを書き記してある。……もちろん、まだエミリアちゃんが食べてくれなかった料理の方が多い。パラパラとめくっていくと、魚料理にはすべてバツ印が書かれている。
(……折角だし、魚尽くしにしちゃおうかな……)
そんな事を考えていると、エミリアちゃんの残して行ったパスタを食べていたエゴールに「あくどい事を考えている顔をしてますよ」と私の事を見て、そんな失礼な事を言い出した。満足そうに残り物を食べているエゴールを見ながら、ため息をつく。こっちの苦労も知らないで。
そうだ、一つ気になっていたことがあったんだ。
「そう言えば、レオさんの奥さん……グラフィラ様? ってどんな人だったんですか?」
私が何気なくそう聞くと、エゴールはフォークを持つ手をピタッと止めた。
「ど、どうしてですか? 急に……」
「いや、ちょっと気になって。エミリアちゃんが赤ちゃんの時に亡くなったっていうのは知ってるんだけど……どんな人かは知らなくて。出来たら教えて欲しいなって」
レオさんに直接聞くのも、何だか憚られる。それに、この城の中でよく話をするのはあの親子二人を除けばエゴールしかいない。
「キャベツ! サラだ! いや!」
「ワガママ言っていないで、食べてよエミリアちゃん。はい、レオさんもどうぞ」
お皿を二人の前にそれぞれ置く。レオさんが先に「いただきます」と言うが、エミリアちゃんは不服そうなままだ。
あのニョッキの日から、週に一度、レオさんとエミリアちゃんのランチタイムが設けられるようになった。エゴール曰く、レオさんの仕事は今もいっぱいいっぱいだけど、この日が来るのが楽しみになっているとのこと。
訪れた変化は、それだけではない。
「エミリアちゃん、カボチャ少し食べられるようになったじゃない。食べてよ」
そう、あの時のニョッキ。エミリアちゃんは比較的、カボチャのニョッキを多く食べていたのだ。これはチャンスだと思った私は、まずカボチャのお菓子を作ることで彼女を懐柔していくことに決めた。カボチャはお菓子のレシポが多い。まずはカボチャアイスやプリンから始めて、カボチャのクッキー、朝食用のスコーンやパンケーキに混ぜてみたり……徐々に、カボチャに慣れてもらってきた。もちろんエミリアちゃんは、最初は嫌な顔をしていたけれど、プリンやアイスはお口に召したみたいで、今ではたまにリクエストされることも増えてきた。ここで満を持して、サラダである。
柔らかく蒸かしたカボチャに、クリームチーズ、水にさらしてから良く絞った玉ねぎのみじん切り、ヨーグルトを加える。カボチャの原型がなくなりクリーミーになるまで混ぜたら、マヨネーズや塩コショウで味を調えていく。しょっぱさよりも、カボチャの甘みが残る様に調整した。その方がエミリアちゃんは食べやすいだろうと考えて。
「おいしいよ、エミリア。食べてごらん」
レオさんは先にカボチャのサラダを食べ始めている。エミリアちゃんは渋々と食べたら、悪くないじゃないと言わんばかりの表情を見せる。私とレオさんは顔を見合わせて小さく笑った。これで、カボチャはきっと乗り越えられる。
「アンチョビってなに?」
半分ほどカボチャのサラダを食べた後、パスタを食べ始めていたレオさんを真似するように、エミリアちゃんはパスタのお皿を自分の近くに引き寄せた。そしてフォークを握り直して、私に問いかける。
「えっと……カタクチイワシっていう小さなお魚を塩漬けにして、オイルにいれて保存したモノなんだけど」
「お魚!? お魚いや!」
「え?」
エミリアちゃんはフォークを置いて、止める間もなく逃げ出してしまっていた。レオさんはその名を呼んで止めようとしたり、エゴールが体を張ったりしたけれど、文字通り一目散。あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
「忘れてた……エミリアちゃんの魚嫌い」
確かにアンチョビは魚だけど、みじん切りにして調味料として使っているから、魚としての原型はほぼ残っていない。それでも「魚が入っている」という事実が嫌なのだろう。
「エミリアが申し訳ない。一口も食べずに……」
「いえいえ。エゴールが後で食べるので大丈夫ですよ」
「はい! 僭越ながら私がいただきます!」
冗談で言ったつもりのに、エゴールは食べる気満々だった。
(でも、困ったな。そろそろ魚に手を出したかったんだけど、あの拒否反応は……)
食卓についてもらう前にまずは鬼ごっこになりそうだ。料理を作る体力は残るだろうか。
「コユキ」
「はい!」
考え事をしていると、レオさんが声をかけてきた。
「申し訳ないついでに、一つ頼みごとがあるんだが……」
「はい。何でしょうか?」
「弁当を作って欲しい」
「……はい?」
唐突にそんな依頼をしてきたレオさんの話は、こうだった。
そろそろ、亡くなったレオさんの奥さんでありエミリアちゃんのお母さん、王妃であるグラフィラ様の命日らしい。今年は、エミリアちゃんを連れてお墓参りに行くとのこと。しかし少し距離があるので、親子の時間を作るためにピクニックを兼ねて行くらしい。
(それにしても、随分アットホームな魔王様だな。うちの父親とは大違い)
調理室に戻った私は、料理ノートを開いて、さっそくお弁当の中身を考え始めていた。この料理ノートには、この世界に来てから作ってきた料理すべてを書き記してある。……もちろん、まだエミリアちゃんが食べてくれなかった料理の方が多い。パラパラとめくっていくと、魚料理にはすべてバツ印が書かれている。
(……折角だし、魚尽くしにしちゃおうかな……)
そんな事を考えていると、エミリアちゃんの残して行ったパスタを食べていたエゴールに「あくどい事を考えている顔をしてますよ」と私の事を見て、そんな失礼な事を言い出した。満足そうに残り物を食べているエゴールを見ながら、ため息をつく。こっちの苦労も知らないで。
そうだ、一つ気になっていたことがあったんだ。
「そう言えば、レオさんの奥さん……グラフィラ様? ってどんな人だったんですか?」
私が何気なくそう聞くと、エゴールはフォークを持つ手をピタッと止めた。
「ど、どうしてですか? 急に……」
「いや、ちょっと気になって。エミリアちゃんが赤ちゃんの時に亡くなったっていうのは知ってるんだけど……どんな人かは知らなくて。出来たら教えて欲しいなって」
レオさんに直接聞くのも、何だか憚られる。それに、この城の中でよく話をするのはあの親子二人を除けばエゴールしかいない。