翌日から一週間、雪乃は黒板に文字を書くのをやめた。理由を訊ねると、数人の生徒たちが朝早くに登校してきて、黒板に書いた人物を特定しようとしていたらしい。そろそろそんな輩が出てくる頃だろうと思っていたが、雪乃はあまり気にしていない様子だった。
黒板に書くほどの悩みを抱えている人がいなくて、ちょうどよかったと雪乃は言っていた。また深刻な悩みを持ってる人がいたら教えて、とも言われた。
「今日学校終わったらお母さんのお見舞いに行くから、碧も一緒に行こ? お母さん喜ぶよ」
朝、家を出る直前に姉が俺を呼び止めた。特に予定はないけれど、母さんに意識なんてないのだから果たして行く必要があるのだろうか、と思った。
「別にいいけどさ、俺がお見舞いに行っても母さん気づかないと思うよ。だって寝たきりなんだから」
「そういう言い方しないの! それに耳は最後まで──」
「聞こえてるんだろ。そもそもその話自体信じがたいんだよな。じゃあ、学校行ってくる」
いってらっしゃい、とため息交じりの声が聞こえた。
六月に入り、少しずつ気温も上がってきて自転車通学が苦痛になり始める時期でもある。それでも俺はこの日も、自転車を飛ばして学校へ向かう。
この一週間の俺のクラスは平和そのもので、特に大きな悩みを抱えた生徒はいなかった。
川原田と武藤は相変わらず仲が良いし、両思いの岩島と原はいい雰囲気だし、孤独だった樋口には友達ができた。笹林はバンドの演奏が上手くいったようで、内田との距離を縮めていた。
妊娠中の藍田さやかは、未だに学校に来ていない。あれからどうなったのか、雪乃も心配している様子だった。
その雪乃も相変わらず井浦たちのグループからいじめを受けていた。しかし最近は物を隠されたりすることはなく、紙くずを投げられたり机に落書きをされたりと、そんな幼稚な嫌がらせだけで済んでいた。
【このくらいなら全然平気だから、気にしないで】
雪乃はそう言っていたが、何もできない自分に俺は少し腹が立っていた。
【あー、会社爆破してぇ】
【お、あの女エロいな。どうにかできねえかな】
【地球なんて滅べばいい】
通学途中にサラリーマンや学生たちを一瞥すると、そんな物騒な言葉が頭に届き苦笑しながら坂を下っていく。
少し前までは聞こえてしまう声に辟易していたが、今ではこの力を享受し、誰がどんなことを考えているのか心の中をこっそり覗き、それなりに楽しんでいた。
「よう碧、気持ちのいい朝だな」
信号待ちをしていると、小泉が背後から声をかけてきた。俺は空を見上げる。暗雲が垂れ込めていて、雨が降り出しそうな空模様だった。
「まあ人によるかもな、それは」
「それより聞いてくれよ」
「なんだい?」
「俺、高梨美晴に告白しようと思うんだけど、付き合えると思う?」
信号が青に変わり、ペダルを漕ぎ横断歩道を渡る。
「どうだろうなぁ。やめておいたほうがいいような気もするけど」
「俺はいけると思うんだけどなぁ。最近、よく目が合うんだ。お、あれ高梨美晴だ」
小泉が反対側の歩道に指をさす。そこにいたのは確かに高梨美晴だった。
「おーい! 高梨さーん! おはよー!」
小泉は大声で叫んで手を振り出した。高梨は小さく手を振り、すぐに視線を逸らした。
【またこいつかよ。最近ジロジロ見てきたりうざいんだけど】
「なあ小泉、告白はしばらく待ったほうがいいと思う」
なんでだよう、大丈夫だよう、と小泉は上機嫌に笑うだけだった。
駐輪場に自転車を止め、下駄箱で靴を履き替え二年の教室へ向かう。廊下を歩いていると俺のクラスがやけに騒がしいことに気づいた。いつもうるさいクラスだが、この日は少し様子が違った。
教室に入ると、まず窓際の席の雪乃と目が合った。
【おはよう。黒板、見て】
雪乃の表情は少し強張っていた。俺はゆっくりと黒板に目を向ける。そこには、目を疑うような文字が書かれていた。
『井浦愛美は、援助交際をしている』
「うわっ。なんだよこれ、まじ?」
黒板の文字に気づいた小泉が声を上げる。まさか雪乃がこれを書いたのだろうか。俺はもう一度雪乃に目を向ける。
【書いたの、私じゃないよ】
雪乃はそう訴えかけてくる。では一体誰が書いたのか。俺は一番後ろの自分の席に座り、教室を見回す。そして一人一人の心の中を覗いていく。今回の犠牲者である井浦愛美はまだ来ていなかった。
これはきっと、誰かが俺と雪乃の行為を面白がって真似たのだろう。しかし井浦をターゲットに選ぶとは命知らずな奴がいたものだ。書かれた内容の真偽のほどは分からないが、一体誰がなんのために書いたのだろうか。確かに井浦は男子からも女子からも恐れられているし、その傲慢な態度から嫌われてもいる。正直、誰が書いてもおかしくない状況ではあった。その証拠に、黒板に書かれた文字を消す者は一人もいなかった。
援助交際は事実なのか、これを見た井浦はどんな反応をするのか、書いたのは誰なのか、生徒たちの心の中は、そんな言葉で埋め尽くされていた。
そして数分後、井浦と高梨が教室に入ってきた。
「ちょっと、何よこれ!」
井浦は真っ先に黒板の文字に気づいた。なんで誰も消さないのよ! と声を張り上げながら黒板消しで文字を消していく。高梨は固まってその光景を見ていた。
「誰が書いたの!? こんなでたらめ、ふざけないでよ!!」
教室内に井浦の叫び声が響き渡る。迫力のある怒声に、誰もが動きを止めた。
ふと気づくと、高梨が俺を見ていた。
【これ、森田と令美がやったの?】
俺は全力で首を横に振った。隣の席の奴が急に首を振った俺に驚き、二度見をしていた。予鈴が鳴ったのは、その直後だった。
でかい舌打ちを鳴らした後、井浦は短いスカートを揺らしながら自分の席へ向かう。高梨も同様に自分の席に座った。
授業が始まると早速、俺は犯人探しを始める。一人一人に視線を送り、心の中を覗いていく。犯人はあっさりと、すぐに見つかった。
【明日はなんて書いてやろうかな】
その声の主は、窓際の席に座っていた。雪乃の席から二つ後ろの、伊吹弘昌だ。太っちょメガネの、あまり目立たないタイプの生徒だ。皆からは『デブキ』と呼ばれている。
俺は机の中から『心の闇ノート』を取り出し、伊吹のページを開く。
・伊吹弘昌(デブキ)……好きなアニメの声優が結婚して毎日が辛い。背中にでかいニキビのようなものができて悩んでいる。バッテリーの減りが早いので、スマートフォンの機種変がしたい。
伊吹はしょうもない悩みを抱えたしょうもない生徒だった。何故あんなことを黒板に書いたのか、いまいち伊吹の狙いが分からない。ただ単に井浦を嫌っているだけなのか、あるいは何か特別な理由があるのか。
その後も伊吹を観察し続けたが、アニメのことしか考えていなくてそれ以上の情報は得られなかった。
教室の空気が再び凍りついたのは、一時間目が終わった直後の休み時間だった。井浦は席を立ち、迷いなく一直線に窓際の席へ向かう。雪乃の机の前で足を止め、井浦は声を荒げる。
「あんたでしょ、黒板にあれを書いたの。どういうつもりよ」
雪乃はぽかんと口を開けていたが、すぐに状況を理解し首を横に振った。
【私じゃないよ。誰かが私の真似をしたんだよ】
井浦には届くはずもないが、雪乃はそう訴えかけていた。
「あんなこと書くの、あんたくらいしかいないでしょ! 復讐のつもりかよ!」
さらに責め立てられ、雪乃は肩をすぼめて怯えている。反論しようにも、理性が邪魔をして声を出すことも立ち上がることもできなかった。俺は、そういう人間なのだ。このクラスで平和に過ごすためには、保身に走るしかないのだ。それは俺だけではなく、他の生徒も同様だった。
「しらばっくれんなよ! なんとか言えよ!」
雪乃は俯いたまま、必死に耐えている。井浦も確信があるわけではないのだろう。どこにぶつけていいのか分からない怒りを、ただ雪乃に向けているだけなのだ。雪乃が言い返せないことをいいことに、井浦はさらに嘲罵を浴びせる。
散々罵った後、井浦は教室を出ていった。心配そうに見守っていた高梨は、小走りで井浦の後を追っていった。
二人が教室を出ていくと、張りつめていた教室内の空気は弛緩する。ふざけて井浦の物真似をしだす奴がいたりと少しだけ賑やかになる。
雪乃は相当怖かったのか、背中を丸めて机に突っ伏していた。
【た、耐えたあああああ】
思わず吹き出してしまった。よく耐えたな、と言ってやりたいくらいだ。予鈴がなるまで、雪乃はそのままの姿勢を保っていた。
「それにしてもすごかったな、ボスギャル」
昼休み、弁当を食べながら小泉が小声で言う。言うまでもないがボスギャルとは、井浦愛美のことだ。
「なんでもかんでも雪乃のせいにしようとしてるよな、あいつ」
「お、碧は雪乃さんの味方するんだ」
すかさず小泉は指摘してくる。このクラスで雪乃に味方をする奴なんて、一人もいないからだ。
「別にそういうことじゃないけどさ、証拠もないのにあんなことを言うのは、ちょっとどうなのかなとは思った」
「確かにそうだけど、じゃあ碧は誰だと思うんだ? 真犯人」
そうだなぁ、と俺は伊吹に目を向ける。彼はガツガツと弁当を食い漁っていた。
「伊吹とか怪しいよなぁ」
それとなく水を向けてみる。小泉はそれはないだろう、と笑う。
「あのデブキにそんな度胸ないだろうよ。一体誰なんだろうなぁ」
小泉だけではなく、このクラスの誰もがそう思っているに違いない。俺は雪乃に視線を向けた。
【ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、お肉、ご飯、ブロッコリー】
弁当の中身がカレーなのだろうか。雪乃は上機嫌で昼食を食べていた。
黒板に書くほどの悩みを抱えている人がいなくて、ちょうどよかったと雪乃は言っていた。また深刻な悩みを持ってる人がいたら教えて、とも言われた。
「今日学校終わったらお母さんのお見舞いに行くから、碧も一緒に行こ? お母さん喜ぶよ」
朝、家を出る直前に姉が俺を呼び止めた。特に予定はないけれど、母さんに意識なんてないのだから果たして行く必要があるのだろうか、と思った。
「別にいいけどさ、俺がお見舞いに行っても母さん気づかないと思うよ。だって寝たきりなんだから」
「そういう言い方しないの! それに耳は最後まで──」
「聞こえてるんだろ。そもそもその話自体信じがたいんだよな。じゃあ、学校行ってくる」
いってらっしゃい、とため息交じりの声が聞こえた。
六月に入り、少しずつ気温も上がってきて自転車通学が苦痛になり始める時期でもある。それでも俺はこの日も、自転車を飛ばして学校へ向かう。
この一週間の俺のクラスは平和そのもので、特に大きな悩みを抱えた生徒はいなかった。
川原田と武藤は相変わらず仲が良いし、両思いの岩島と原はいい雰囲気だし、孤独だった樋口には友達ができた。笹林はバンドの演奏が上手くいったようで、内田との距離を縮めていた。
妊娠中の藍田さやかは、未だに学校に来ていない。あれからどうなったのか、雪乃も心配している様子だった。
その雪乃も相変わらず井浦たちのグループからいじめを受けていた。しかし最近は物を隠されたりすることはなく、紙くずを投げられたり机に落書きをされたりと、そんな幼稚な嫌がらせだけで済んでいた。
【このくらいなら全然平気だから、気にしないで】
雪乃はそう言っていたが、何もできない自分に俺は少し腹が立っていた。
【あー、会社爆破してぇ】
【お、あの女エロいな。どうにかできねえかな】
【地球なんて滅べばいい】
通学途中にサラリーマンや学生たちを一瞥すると、そんな物騒な言葉が頭に届き苦笑しながら坂を下っていく。
少し前までは聞こえてしまう声に辟易していたが、今ではこの力を享受し、誰がどんなことを考えているのか心の中をこっそり覗き、それなりに楽しんでいた。
「よう碧、気持ちのいい朝だな」
信号待ちをしていると、小泉が背後から声をかけてきた。俺は空を見上げる。暗雲が垂れ込めていて、雨が降り出しそうな空模様だった。
「まあ人によるかもな、それは」
「それより聞いてくれよ」
「なんだい?」
「俺、高梨美晴に告白しようと思うんだけど、付き合えると思う?」
信号が青に変わり、ペダルを漕ぎ横断歩道を渡る。
「どうだろうなぁ。やめておいたほうがいいような気もするけど」
「俺はいけると思うんだけどなぁ。最近、よく目が合うんだ。お、あれ高梨美晴だ」
小泉が反対側の歩道に指をさす。そこにいたのは確かに高梨美晴だった。
「おーい! 高梨さーん! おはよー!」
小泉は大声で叫んで手を振り出した。高梨は小さく手を振り、すぐに視線を逸らした。
【またこいつかよ。最近ジロジロ見てきたりうざいんだけど】
「なあ小泉、告白はしばらく待ったほうがいいと思う」
なんでだよう、大丈夫だよう、と小泉は上機嫌に笑うだけだった。
駐輪場に自転車を止め、下駄箱で靴を履き替え二年の教室へ向かう。廊下を歩いていると俺のクラスがやけに騒がしいことに気づいた。いつもうるさいクラスだが、この日は少し様子が違った。
教室に入ると、まず窓際の席の雪乃と目が合った。
【おはよう。黒板、見て】
雪乃の表情は少し強張っていた。俺はゆっくりと黒板に目を向ける。そこには、目を疑うような文字が書かれていた。
『井浦愛美は、援助交際をしている』
「うわっ。なんだよこれ、まじ?」
黒板の文字に気づいた小泉が声を上げる。まさか雪乃がこれを書いたのだろうか。俺はもう一度雪乃に目を向ける。
【書いたの、私じゃないよ】
雪乃はそう訴えかけてくる。では一体誰が書いたのか。俺は一番後ろの自分の席に座り、教室を見回す。そして一人一人の心の中を覗いていく。今回の犠牲者である井浦愛美はまだ来ていなかった。
これはきっと、誰かが俺と雪乃の行為を面白がって真似たのだろう。しかし井浦をターゲットに選ぶとは命知らずな奴がいたものだ。書かれた内容の真偽のほどは分からないが、一体誰がなんのために書いたのだろうか。確かに井浦は男子からも女子からも恐れられているし、その傲慢な態度から嫌われてもいる。正直、誰が書いてもおかしくない状況ではあった。その証拠に、黒板に書かれた文字を消す者は一人もいなかった。
援助交際は事実なのか、これを見た井浦はどんな反応をするのか、書いたのは誰なのか、生徒たちの心の中は、そんな言葉で埋め尽くされていた。
そして数分後、井浦と高梨が教室に入ってきた。
「ちょっと、何よこれ!」
井浦は真っ先に黒板の文字に気づいた。なんで誰も消さないのよ! と声を張り上げながら黒板消しで文字を消していく。高梨は固まってその光景を見ていた。
「誰が書いたの!? こんなでたらめ、ふざけないでよ!!」
教室内に井浦の叫び声が響き渡る。迫力のある怒声に、誰もが動きを止めた。
ふと気づくと、高梨が俺を見ていた。
【これ、森田と令美がやったの?】
俺は全力で首を横に振った。隣の席の奴が急に首を振った俺に驚き、二度見をしていた。予鈴が鳴ったのは、その直後だった。
でかい舌打ちを鳴らした後、井浦は短いスカートを揺らしながら自分の席へ向かう。高梨も同様に自分の席に座った。
授業が始まると早速、俺は犯人探しを始める。一人一人に視線を送り、心の中を覗いていく。犯人はあっさりと、すぐに見つかった。
【明日はなんて書いてやろうかな】
その声の主は、窓際の席に座っていた。雪乃の席から二つ後ろの、伊吹弘昌だ。太っちょメガネの、あまり目立たないタイプの生徒だ。皆からは『デブキ』と呼ばれている。
俺は机の中から『心の闇ノート』を取り出し、伊吹のページを開く。
・伊吹弘昌(デブキ)……好きなアニメの声優が結婚して毎日が辛い。背中にでかいニキビのようなものができて悩んでいる。バッテリーの減りが早いので、スマートフォンの機種変がしたい。
伊吹はしょうもない悩みを抱えたしょうもない生徒だった。何故あんなことを黒板に書いたのか、いまいち伊吹の狙いが分からない。ただ単に井浦を嫌っているだけなのか、あるいは何か特別な理由があるのか。
その後も伊吹を観察し続けたが、アニメのことしか考えていなくてそれ以上の情報は得られなかった。
教室の空気が再び凍りついたのは、一時間目が終わった直後の休み時間だった。井浦は席を立ち、迷いなく一直線に窓際の席へ向かう。雪乃の机の前で足を止め、井浦は声を荒げる。
「あんたでしょ、黒板にあれを書いたの。どういうつもりよ」
雪乃はぽかんと口を開けていたが、すぐに状況を理解し首を横に振った。
【私じゃないよ。誰かが私の真似をしたんだよ】
井浦には届くはずもないが、雪乃はそう訴えかけていた。
「あんなこと書くの、あんたくらいしかいないでしょ! 復讐のつもりかよ!」
さらに責め立てられ、雪乃は肩をすぼめて怯えている。反論しようにも、理性が邪魔をして声を出すことも立ち上がることもできなかった。俺は、そういう人間なのだ。このクラスで平和に過ごすためには、保身に走るしかないのだ。それは俺だけではなく、他の生徒も同様だった。
「しらばっくれんなよ! なんとか言えよ!」
雪乃は俯いたまま、必死に耐えている。井浦も確信があるわけではないのだろう。どこにぶつけていいのか分からない怒りを、ただ雪乃に向けているだけなのだ。雪乃が言い返せないことをいいことに、井浦はさらに嘲罵を浴びせる。
散々罵った後、井浦は教室を出ていった。心配そうに見守っていた高梨は、小走りで井浦の後を追っていった。
二人が教室を出ていくと、張りつめていた教室内の空気は弛緩する。ふざけて井浦の物真似をしだす奴がいたりと少しだけ賑やかになる。
雪乃は相当怖かったのか、背中を丸めて机に突っ伏していた。
【た、耐えたあああああ】
思わず吹き出してしまった。よく耐えたな、と言ってやりたいくらいだ。予鈴がなるまで、雪乃はそのままの姿勢を保っていた。
「それにしてもすごかったな、ボスギャル」
昼休み、弁当を食べながら小泉が小声で言う。言うまでもないがボスギャルとは、井浦愛美のことだ。
「なんでもかんでも雪乃のせいにしようとしてるよな、あいつ」
「お、碧は雪乃さんの味方するんだ」
すかさず小泉は指摘してくる。このクラスで雪乃に味方をする奴なんて、一人もいないからだ。
「別にそういうことじゃないけどさ、証拠もないのにあんなことを言うのは、ちょっとどうなのかなとは思った」
「確かにそうだけど、じゃあ碧は誰だと思うんだ? 真犯人」
そうだなぁ、と俺は伊吹に目を向ける。彼はガツガツと弁当を食い漁っていた。
「伊吹とか怪しいよなぁ」
それとなく水を向けてみる。小泉はそれはないだろう、と笑う。
「あのデブキにそんな度胸ないだろうよ。一体誰なんだろうなぁ」
小泉だけではなく、このクラスの誰もがそう思っているに違いない。俺は雪乃に視線を向けた。
【ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、お肉、ご飯、ブロッコリー】
弁当の中身がカレーなのだろうか。雪乃は上機嫌で昼食を食べていた。