私たちはそれからすぐに動いた。
 王女は一旦後宮に戻り、私も自室に帰った。
 出る前に思いついて故郷に手紙を書いてから、軽装に着替える。
 こういうお忍びは夜のほうがいいと思われるが、それはきっと間違いだ。
 夜は城を出入りするには目立ちすぎる。それより、まだ人の行き来が多い日中のほうがいい。
 城内の居住区に住む者は大抵は独身だが、たまに外に屋敷がある者も泊まったりしている。妻のいる屋敷には帰らず、愛人を城に招くのだ。そして門番たちも暗黙の了解で通してしまっている。
 要は、それらの人たちと同じ動きをすればいいのだ。
「お待たせしたわね」
 外出の準備をこっそり整えた王女が中庭にやってきた。腕に外套を掛けている。
「見咎められませんでしたか?」
「私、後宮を抜け出すのは得意なの」
 そう言って笑う。得意というより、ここのところは侍女や衛兵たちは、多少のことは見逃しているということだろう。
「どうするの?」
「厩舎から出ようかと思います。城門はどれも警備が厳しいですから」
「そうなの」
 王女は感心したようにうなずいた。
 だが私も、こっそり城内から抜け出た経験はない。成功するかはわからない。
「なんだか、緊張するわ」
「私もです」
 緊張どころではない。正直、身体の震えが止まらない。自分は何ということをしでかそうとしているのか。けれど、ここまできて引き返すことはできない。決めたのだ、彼女の望みを叶えると。
 王女は外套を羽織り、髪とドレスを隠す。
 彼女の見事な金髪は、隠さなければ目立って仕方ない。外套のおかげで整った顔は覗き込まなければ見えなくなった。この城に忍び込む女性たちも皆そんな感じだから、大丈夫だろう。
「行きましょう」
 私たちは厩舎に向かう。王女は私の背に隠れるようにして歩いていた。
 厩舎に着くと、まず私だけが厩舎番に話しかけた。王女は陰に身をひそめている。
「馬を一頭、貸してもらえるかい?」
 厩舎番は隅のほうにひっそりと立っている誰かには気付いたようだが、それが王女とは夢にも思っていないようだった。
「ああ、いいよ。鞍を着けるから、ちょっと待っていてくれ。そちらのお嬢さんも」
 やはりこういうことには慣れているようで、手早く用意をしてくれた。今まで城に誰かを連れ込んでいたが、今から帰すところ、と思っているようだった。帰りはまた厩舎番は交代するだろうから、おそらくは大丈夫だ。
 お礼、ということでいくらかの金銭をこっそり握らせる。他言は無用、というのはわかっているようだった。
 馬を引いて厩舎の門を出る。王女は何も言わずおとなしく私の後ろをついてきた。
 しばらく歩いたところで振り返ると、厩舎番が門を閉めているところだった。完全に門が閉まり、そこでやっと息を吐く。
「どきどきしたわ!」
 隣の王女が声を上げる。頬が少し紅潮していた。
「いろいろと考えていたのよ、見つかったら何て言おうかとか! でもすんなり外に出られたわ!」
「そうですね、では行きましょうか」
 私は先に馬に乗り、王女を引っ張り上げる。彼女は横向きに座り、きょろきょろと辺りを見回していた。
「すごい、すごいわ! もう城の外なのね! 信じられない!」
 興奮して、叫びだしそうにならんばかりだ。私はもうそれだけで満足しそうになったが、自分を奮い立たせるように、何度か首を横に振った。
「とりあえず、城下の街を歩きましょうか」
「そうね! それがいいわ!」
 手綱を握る私の両腕の中に王女がいる。私にはそのことが信じられなかった。