しばらくすると、面談室に王子がやってきた。案外、短い時間でやってきたのは、王女を後宮に預けてきただけだったのだろう。
 扉を開けると同時に、王子は大きくため息をつく。私はただ、王子が中に入って扉を閉めるのを待っていた。
「城の警備体制に問題があることが、ようくわかったよ」
 どこか呆れたような、声。
「本当に大変なことをしでかしてくれたね。真面目な人間? 聞いて呆れるよ」
「申し訳ありません!」
 私はその場で床に座り込んで、頭を下げた。
「……どういうつもりかな」
「こんなことで償えるとも思えませんが、それ以外に知らなくて」
 王子が私に近寄ってくるのがわかる。私は堅く目を閉じた。
 王子が腰に長剣を佩いているのはさきほど見た。
 痛いだろうか。苦しいだろうか。けれどもそれは私の受けるべき罰で、受け入れるべき痛みだ。
 きっと王子は、私の首に剣を振り下ろしてくれるだろう。そして王女はお咎めなしとなるだろう。なにもかもなかったことに。それが、救いだ。
 だが、私の頭上で、王子が苦しげな声音で言った。
「頭を上げてくれ。できない。それは、できないんだ」
 私は言われた通り、おずおずと顔を上げる。
 王子はこめかみに手を当て、再びため息をついた。
「君の首を斬ることで片がつくなら、やるよ。けれどこの件に関しては、それはできないんだ」
「……どうして」
「どうして? エイラの輿入れに影響が出るからに決まっている」
 従者の一人くらい、秘密裏に殺して埋めればいい。いなくなった理由など、王城がいくらでも作り出せるだろう。
 どうしてそれができないんだ。
「すべてを隠してしまうには、もう公になりすぎている」
「え……今日のことがもうそんなに広まって?」
「違う。それは私とエイラの侍女しか知らない。広まっているのは、エイラと君が仲が良いことだ。皆、面白がって話すから、城内では知らぬ者はいない。噂話の範疇ではあるけれどね」
 そして私を指差した。息を呑む。
「そこで君が消えたらどうなる? 噂は本当だったのだ、エイラと君は恋仲だったのだ、エイラの婚姻に君が邪魔になったから消したに違いない、とまことしやかに囁かれるのは火を見るより明らかだ。私たちは、エイラを綺麗なまま嫁がせる義務がある。もしエイラがセイラスで懐妊したとして、その御子が王の種ではないという噂でもたったら、君はどう責任を取るつもりなのかな」
「……申し訳ありません」
 もうそれしか言えない。
「噂はいい。民草とは、面白おかしく話を広げるものだ。何を調べられても痛くも痒くもない。だが、二人が王城を抜け出した、これは事実だ。万が一、相手方に知られたら、どう否定するんだ」
 王子はまた深くため息をついて身を翻すと、椅子にどかりと腰掛けた。
「危うく軍を出動させて捜索させるところだったよ。本当に駆け落ちでもしたのかと思ったから」
「そんなこと」
 私はともかく、王女が私と逃げたいと思うはずはない。
「君の部屋に遺書があったから、思いとどまった。これは帰ってくるつもりだろうと」
 王子の言葉に、身体がこわばった。
 城下に出る前に、故郷の家族に走り書きだが遺書を書いた。不出来な息子で申し訳ない、と。今までありがとう、と。ただただ、謝辞だけを連ねた手紙。もし私が処刑されたとしたら、その手紙は届くかどうかはわからなかったが、それでも一縷の望みをかけて書いた。
「エイラのわがままに付き合ってやって欲しいとは言ったけれどね、命を賭してまでやるとは思わなかった」
「違います。私がそそのかしたのです」
「エイラは逆のことを言っていたけれどね」
 そして何度目かもわからないため息を、またついた。
「とにかく、当分は謹慎だ。ひとまず周りには病欠ということにしておこう。追って沙汰は伝える」
「はい……申し訳ありません……」
 私はのそりと立ち上がり、扉に向かって歩く。
 部屋を出る前にもう一度王子のほうを見たが、憔悴した様子で机に肘をついて、額に手を当てている。
 もしこの場で本音を言ったなら、きっと王子は抜刀するに違いない、と思う。
 それでも私は、今日のことを後悔などしていないのです。