玄関ドアが閉められたあとも私はその場でぼんやり立ち尽くしていた。しばらくして車のエンジン音が聞こえ、細い路地を遠ざかるそれはやがて聞こえなくなった。
無性に心細くなり、疲れた足を引きずるようにして居間に入る。

「小次郎ただいま。あ……寝てるのね……」

頭はまだショック状態であまり何も考えられない。ぼんやりと椅子に座り、手が洗えないので消毒ジェルで指を拭いた。防水の包帯や絆創膏などと一緒に帰途で彼が買ってくれたものだ。

(どうやってお礼したらいいのかな……)

『僕個人の発言です』

靄がかかったような頭であの言葉をリフレインしたあと、モソモソとお弁当を食べた。食欲はなかったけれど、傷を治すため栄養を摂ってしっかり休めと彼に言われたからだ。
それからのっそりと洗面所に歯磨きしに行った私は鏡を見て仰天した。

鏡の中にはオバケがいた。
メイクの力を借りていないアラサー肌から滲み出る疲労感は半端ない。給食帽を外したまま手櫛さえ通していない前髪は斜めに傾いたトサカのようで、不思議な髪型になっていた。蒼白な顔の中で瞼だけが赤く腫れあがり、不気味なことこの上ない。

「この顔を見られてたんだ……」

もう今度こそ本気で、彼に合わせる顔がない。


その夜、泥のように疲れていたのですぐ眠りに落ちたものの、私は一晩中おかしな夢ばかりを見てうなされた。意味不明で脈絡のない夢には、ずっと北条怜二が登場していた気がする。