「どうぞ、もう帰っていただいて、だいじょ……」

でも、そこまで言ったところで喉から大きな嗚咽が漏れた。ハンカチを取り出すことも、漏れてしまった嗚咽を取り消すこともできず、ただ俯いてバッグを抱き締める。

「ごめんなさい」

「謝らないで」

頭にそっと彼の手が置かれ、そのまま額が彼の肩にもたせかけられた。

「我慢しないで、泣いてください」

すごく驚いているのに抗うことができなかった。
肩にもたれて目を閉じると、重い荷物を下ろしたような安堵で身体の力が抜けていく。この数か月の葛藤や孤独が涙になって自分でも驚くほど溢れてくる。

でもその安堵感は帰りの切符を失くした子供のような不安と背中合わせになっていて、彼の肩に額を預けている間、私は相反する二つの感情の間で揺れていた。


「……すみません。もう大丈夫です」

しばらくして、ようやく私は彼の肩からそっと離れた。

「本当にもう大丈夫です。みんながたくさん差し入れしてくれましたし、しっかり治します」

決まりの悪さから、彼の反応を待たずにやたらに喋り続けてしまう。視線は伏せたままだ。涙が収まってくると、この状況が恥ずかしくて情けなくて、とても顔を上げられない。

「何か足りないもの、僕が手伝えることは?」

「いえ……もう大丈夫です。ありがとうございました」

一瞬だけ彼を見上げてから頭を下げる。
視界に映る彼のネクタイが背中に代わり、開いたドアから初夏の夜風が流れ込んできた。

「ゆっくり休んでください」

それは今まで聞いた彼の声の中で一番穏やかな声だった。