ところが次の瞬間、私は勢いよく開いたドアに突き飛ばされていた。

「ちょっと!」

飛び出してきたのは矢部さんだ。
また怒られるのかと思いきや、その声は北条怜二を追いかけたものだった。
矢部さんはドアの陰でつんのめっている私には気づかず、矢のように廊下を走っていく。

「あのさぁ、お偉いさん! うちの主任が試験のことを忘れてたせいで、あの子は二週間しか練習する時間がなかったんすよ。確かにひどいもんだけどさ、よくやった方だよ。……ですよ」

曲がり角の向こうから中途半端な敬語交じりの声が響いてくる。
思わず耳を疑った。
矢部さんが私を庇ってる……?

「どういう理由なのか知らないけどさ、そっちに帰してやっていいんじゃないすか? 頑張ったって無駄っすよ。筋わりぃんだから」

庇ってくれているのか破門されているのかは微妙だ。

北条怜二の落ち着いた低い声が矢部さんに応える。

「練習不足の事情はわかりました。しかし親会社の社員だからといって認定試験で特例を出すわけにはいきません。二週間でこなすべきだったでしょう」

「はぁ⁉ 鶏団子をナメてんの?」

いつもは私に向けられている矢部砲が北条怜二にぶっ放された。相手が〝お偉いさん〟であろうとお構いなし、ここまでくると天晴れだ。

「じゃあアンタやってみなよ! 絶っ対、できねーから!」

的外れな抗議に吹き出し、私の顔はくしゃくしゃになった。

『原因はあなたもわかっているはずです』

そう、わかってる。わかってるのに──。


羞恥、屈辱、自己嫌悪。
いろんな感情がごっちゃになって、心の中は絵の具を全色混ぜたパレットみたいになっている。

トイレに行くふりをして、この店に来て初めて私は涙を拭ったのだった。