「お疲れさまでした」

静かになった廊下に彼の声が響いた。次に何を言うのかまったく読み取れない事務的な声だ。それでも私は少しだけ期待していた。見かねて私をここから救い出してくれるんじゃないかって──。
でも彼の口から出たのは冷淡な言葉だった。

「原因はあなたもわかっているはずです」

「……克服する必要があるんですか?」

私にはわからない。左遷は菱沼のみんなが知っている。見世物のようにきりきり舞いさせられている屈辱の中で、何を考えろと言うのか。

「それはあなたが決めることでしょう」

「なにそれ……」

ここが廊下だという一縷の理性をもって声量は抑えたけれど、彼の突き放すような反応に私は感情を決壊させてしまった。

「こんな精神状態になるのは当たり前じゃないですか。上司の言い分だけを鵜呑みにして積み上げた成果を取り上げて、全然関係ない、全然合っていない仕事を宛がって、人事の仕事ってそういうものなんですか」

「富川チーフの素行については人事部も把握しています。それ以上は詳しく明かせず申し訳ありませんが」

「私は喧嘩両成敗を求めているわけではないです。富川チーフなんかもうどうでもいいです。そうじゃないんです」

ああ止めて。彼に突っかかったところで私の人事異動を決めたのは組織であって彼個人ではないのに。彼はただの執行人、指導役なのに。
それでもあの日人事部の面談室で言えなかったことが迸った。