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五月の連休明け、いよいよ技能試験の日がやってきた。場所はかもめ店精肉部の作業部屋だ。
その日は朝からずっと嫌な緊張が続いていて、それは指定時間の五分前に扉が開いた瞬間に最高潮になった。

北条怜二が部屋に入ってくると背中を向けていてもわかるほど空気が変わる。菱沼のオフィスですら人目を引いていたのだから当然だ。部屋の奥にあるミートチョッパーの前で粗挽き肉のバットをセット中だった私は途端に息苦しさを覚えた。

「お疲れ様です! SBの船井です」

試験に立ち会うのは彼のほかにもう一人──というかこの人物こそが試験官なのだけど、タママート埼玉東部地区のスーパーバイザーもいる。

「直接お目にかかるのは初めてですね。菱沼ホールディングス人事本部の北条です。仁科がお世話になっております」

北条怜二は佐藤主任に向かい、対外向けの笑顔でにこやかに挨拶した。
作業着姿は久我店ですでに見られていてこれが初めてではないのに、何となく彼の顔をまともに見ることができない。自分の名前が出たところで誰にということもなくお辞儀をしてしまった。

〝仁科がお世話になっています〟っていうことは、彼の認識では私は菱沼の社員で、いずれ帰れると思っていいの? 不甲斐ないことに彼の言葉尻からそんなことを考える。

「いやーすっげーイケメンだなぁ!」

佐藤主任の緩すぎる反応がまるで身内が粗相をしたみたいで余計に恥ずかしい。北条怜二は適当な笑顔を返しただけで軽く受け流し、隣のSBに一言「ではお願いします」と告げた。