「来る人みんな辞めちゃうのは矢部さんが原因でしょ? 誰か矢部さんに言わないの? もう少し抑えてって」

うちの精肉部はパート五人が基準なのに、矢部さんしかいない。人手不足は深刻だ。

「歴代の店長はみんな討ち死にしたらしいですよ。矢部さんが常人の五倍動いてカバーしてしまうんで、今の店長も見て見ぬふりなんです」

「矢部さん、全然休んでないよね」

別に矢部さんのことは心配していない。あれは私以上に鋼鉄製だ。
何が困るって、休んでくれたら私は天国なのに、かもめ店に住みついているのかというぐらいほぼ毎日朝から晩までいるのだ。休みの日でさえ様子を見にやってきては司令塔よろしく口を出していく。

「本部から応援を呼ぶとかないの?」

「今の精肉部みたいな極端な人手不足が本部にばれると店の評価を下げられるんですよ。だから呼びたくないっていうのと、応援が来ても矢部さんが衝突するんです」

「ああ……なるほど」

かもめ店精肉部には〝矢部ルール〟なるものがある。開店以来勤続二十年の経験の集大成らしいが、社内規定より優先して遵守しないと嵐が吹き荒れるという厄介なものだ。

「でもあの人、根は悪い人じゃないんですよ」

先にオムレツを食べ終えた柳井君がそう言ってニコニコしながら「ごちそうさまでした」と手を合わせた。