「何でしょうか」

「…………」

どうしてだろう? 絶好のチャンスなのに、退職の一言が喉に引っかかって出てこない。
今は仕事中だし、改めてきちんと言う方がいいかもしれない。こんな場当たりだと発作的に言ったと思われて取り合ってもらえないかもしれないし……。

「いえ、何でもないです」

結局私はあれこれ理由をつけて頭の中の退職願を取り下げてしまった。
再び沈黙が落ちる中、靴音を立てないよう気にしながら歩いていると、北条怜二が口を開いた。

「新しい職場はどうですか?」

私が不満だらけなの、わかってるくせに。
わざとらしい問いかけが私をいつもの調子に引き戻した。

「おかげさまで充実してますよ!」

退職したいぐらいにね!
皮肉を込めて返事すると、隣を歩きながら彼が笑った。

「それは何よりです。あなたにはいい環境だと思いましたよ」

「どこが──」

勢いよく言い返そうとした時、北条怜二が立ち止まり扉を開けた

「精肉部はこちらです」