「仁科さんって英語喋れるんでしょ? 商社だもんなー」

「……はい」

「スゲーなぁ! 俺なんか日本語も怪しいよ」

「…………」

「ねぇねぇ、何か英語喋ってみてよ」

「…………」

タママートかもめ店精肉部に響くのは私の背後で仕事もせずお喋りする佐藤主任の声。私は今、せっせとササミの皮むき中だ。
初日に退職しそびれてから半月が過ぎた。情けないことに、私はいまだに退職できていない。

一晩まんじりともせずに考えて退職を固く決意した二日目の朝、六時三十分に出勤してみると、八時出勤のはずの矢部さんがすでにエンジン全開で鉄製のワゴンから大量の積み荷を下ろしていた。

『なに今頃来てんの、遅い! 早く運んで!』

矢部さんの剣幕に押され、慌てて作業に加わる。でも持ち上げようとしても積み荷はびくともしない。

『それ二十五キロもあるんで僕が運びます。仁科さんはあっちを……』

柳井君が小声で気遣うように小さな段ボール箱の山を指した。

『仁科さん、アンタ正社員だろ! やりな!』

私が答えるより早く、柳井君の声を拾った矢部さんの怒声が飛ぶ。

『すみません、僕が余計なこと言ったせいで』

柳井君が申し訳なさそうにこっそり謝った。