その時、バッグの中でマナーモードのままだったスマホが震動した。美保子が初日の感想を聞きたがっているのだろう。そう考えてスマホを取り出した私の顔が強ばった。

〝お母さん〟

しかも不在着信が何件も入っている。
母が電話をかけてくることは滅多にない。過干渉気味の母はたまに食料を届けるという口実で私の住まいを急襲することがあるが、まさか……。

「……もしもし」

『紺子、どこにいるの? 今日行ってみたら引っ越したって言うじゃないの。どうして言わないの!』

やはり……。
スマホを持ったまま項垂れる。ばれるのが早すぎだ。

「いや、あの、実は急に転勤になったのよ」

『どこに』

「……埼玉」

『ええ? 本社は丸の内でしょ。埼玉って何なの? 支社なんかないでしょ』

「まあその、つまり、出向になって」

『どこに!』

「……タママートっていう会社」

母の金切り声の凄まじさに思わずスマホを耳から遠ざける。

『スーパーじゃないの! 何があって左遷されたの』

「左遷じゃないわよ」

『左遷でしょ! せっかく菱沼に入ったのに何をやらかしたの!』

自分は愚痴っておきながら、人に左遷だと言われると腹が立つ。