理想の結婚お断りします~干物女と溺愛男のラブバトル~

(いやいや)

戦わなくていいのよ。この二週間、左遷の屈辱にじっと耐えてきたし、何かを途中で投げ出すのは主義じゃない。でもやっぱりどう考えてもおかしいじゃないの。

私はこんな田舎で柄の悪い婆さんと喧嘩するために菱沼ホールディングスに入社たんじゃない。今までの人生ずっと必死で勉強してきたのは、こんな第三世界でお肉を切るためじゃない。

「ええとね、仁科さんにはまず鶏肉を担当してもらおうと思うんだけど、鶏肉わかる? もも肉むね肉、手羽元に手羽先、あ、食べるから知ってるか。手羽先って旨いよねー。俺、手羽先好きでさー。あ、どこまで言ったっけ? ササミに砂肝……」

「いえ、ご説明には及びません」

佐藤主任のほとんど意味のない説明を遮り、一歩前に進み出た。

「ご挨拶早々申し訳ありませんが、私、本日をもっ──」

「あっ、そうだ!」

今度は柳井君が私を遮った。

「仁科さんが来るの、僕たちすごく楽しみにしてたんです。それで仁科さんのために用意したものがあるんです。ちょっと待っててください」

柳井君は満面の笑みでそう言うや否や止める間もなく走って出ていき、急いで戻ってきた。

「はいっ、仁科さんのために注文した左利き用包丁です!」

彼が差し出したのは、見たこともないほど長い業務用包丁。そしてそこには「左」の文字とともに「仁科」と刻印してあった。ずいと差し出されたそれを反射的に受け取ってしまう。