「将来的に組織を引っ張っていく人材として、ひとつだけあなたに望みたいことがありました。若いうちだからこそ、理論ではなく感覚で掴んでほしいと思いました。かわいい子には旅をさせろと言いますが、手荒な異動だったことをお詫びします。しかし、さすがでした」
左遷だと思っていた異動の本当の目的が語られた。菱沼から捨てられたのではなかったことは素直に嬉しい。彼が人を褒めることは滅多にない。
でも、最高の賛辞をもらったのに、私の心は待ってと叫んでいる。だってこれは巣立つ雛(ひな)への卒業証書だから。
「規定上、本社復帰までもう少し期間はかかりますが、もう大丈夫ですね」
彼はにっこりと笑い、一瞬強く私の顔を見つめてから背中を向けた。
彼はあくまでも人事部課長のままだった。演技は終わったのだ。
関係が本物にならないことを彼が残念だと思ってくれないことは充分わかっていたはずなのに。今この場で私はようやく失恋を悟った。
「これからもフォローしていきます」
それはあくまでも仕事で、それも軌道に乗ったのを見届けたのだから、今後は減るだろう。オフィスで偶然すれ違うだけ。菱沼のオフィスにいられない私には、そのチャンスすらない。
「大丈夫なんかじゃないよ……」
私が合格したのは、こんなさよならをもらうためじゃなかったのに。
彼の背中が消えた曲がり角に、届かない呟きがひっそりと落ちた。
左遷だと思っていた異動の本当の目的が語られた。菱沼から捨てられたのではなかったことは素直に嬉しい。彼が人を褒めることは滅多にない。
でも、最高の賛辞をもらったのに、私の心は待ってと叫んでいる。だってこれは巣立つ雛(ひな)への卒業証書だから。
「規定上、本社復帰までもう少し期間はかかりますが、もう大丈夫ですね」
彼はにっこりと笑い、一瞬強く私の顔を見つめてから背中を向けた。
彼はあくまでも人事部課長のままだった。演技は終わったのだ。
関係が本物にならないことを彼が残念だと思ってくれないことは充分わかっていたはずなのに。今この場で私はようやく失恋を悟った。
「これからもフォローしていきます」
それはあくまでも仕事で、それも軌道に乗ったのを見届けたのだから、今後は減るだろう。オフィスで偶然すれ違うだけ。菱沼のオフィスにいられない私には、そのチャンスすらない。
「大丈夫なんかじゃないよ……」
私が合格したのは、こんなさよならをもらうためじゃなかったのに。
彼の背中が消えた曲がり角に、届かない呟きがひっそりと落ちた。
