「僕を警戒しているなら心配は無用ですよ。まあ男にそう言われて信用するもんじゃないですが」

「大丈夫です、全然そんな心配してません」

「その台詞、男に言わない方がいいでしょうね」

「どうして? 実際そうじゃないですか」

そう、悲しいぐらい私は北条怜二に釣り合わない。最初から彼の視界に入っていない。人事管理対象の一人だ。

「男を刺激する言葉です。一般的にはね」

「刺激……?」

よく意味がわからず、ポカンとした顔で復唱した。

「あ、そうそう、一般的にね」

最後に付け加えられた一言を思い出し、遅れて納得する。自分は違うが一般的な男は負けん気を出すと、そういうことだろう。でも一般男性にとっても私が〝刺激的〟だったことなんて一度もないのだから、どっちみち同じだ。

道路標識がどんどん埼玉辺境に近づいていく。道が混んでくれたらいいのに、こんな夜に限って車の流れはスムーズだ。

「今晩はすごく冷えますね」

何か喋らないと寝てしまう。眠いというより身体が鉛のように重くて、顔は火照っているのに悪寒がする。

「気温は普通ですが? むしろ今夜は季節が戻ったような暖かさですよ」

そう言いながら彼が片手でエアコンの温度を上げてくれた。

「体調が悪いのでは? 会場でも顔の赤みが気になっていたんですが」

「これはワインのせいです。いつもは庶民のチューハイなので、はは」

ドキドキして赤くなっていたなんてバレたら大変だ。今日が終われば、私たちにとってこれは笑って流す、取るに足らない記憶になる。好きだなんてバレたら笑うに笑えなくなるじゃない。