埼玉辺境のアパートまで彼が迎えに来てくれてからここに着くまでの車中、彼は冷徹指導員の本領を発揮した。一週間前の食事は彼にとって打ち合わせ本番ではなく顔合わせの挨拶のようなものだったらしい。
彼とのロングドライブで話題に困らないようネタをあれこれ考えたのに、それらの出番はまったくなかった。

「誰が聞いているかわからないので、僕と会話している時、あなたは敬語を控えてください」

「はい」

「はいじゃなくて」

「……うん」

まだ車の中で二人きりなのに。
不満気な私の態度には取り合わず、彼はさらに話を進めた。

「僕のことは何と呼びますか?」

「……北条課長?」

「同棲しているのにそれはないでしょう。これなら呼べると思うものを挙げてください」

「え」

そこは指示してほしかった。

「ええと……北条さん」

いくら待っても返事はない。ということは却下だ。

「れ……れ……れ……」

ぐずぐずしていたら勘弁してくれるかなという期待をこめて私がそれを繰り返している間、彼は何の反応もなくハンドルを握っている。

「……怜二さん」

「もう少し板についていないと。練習してください」

「怜二さん怜二さん怜二さん! これでいいですかね!」

「ヤケクソですか」

車中の会話には色気も雰囲気もまるでない。