でも同時に、今まで自己完結していた平和な世界に何か関わってはいけないものが入ってきたような戸惑いと不安も覚えた。

これは来週の演技のためで、それが終わればまた人事部課長と一出向社員に戻る。ドラマよりリアルでも、これはバーチャル。そこははっきり区別しなければいけないのに。

「明日も出勤が早いんですね。そろそろ送っていきます」

食事は特に演技に関しての打ち合わせという内容でもない話のまま終わった。

「演技はこの延長線でいいのでは? 細かいことは僕が臨機応変にやりますので、あなたは合わせてください」

彼にとってはまったく面識のない集団が相手だというのに、自分がリードすると言い切ってくれるのが頼もしかった。

大きな傘の下にいる安心感。
寄りかかって守られたくなる依存心。

それは人事の面談室で彼に間近な距離で立たれた時、怪我をして彼が来てくれた時。車の中で泣いた時──仄かに、でも何度も感じたもの。彼に対してだけ抱いた感覚。

「あの!」

私は唐突に声を上げた。
パンドラの箱を開けてしまったような気がしたから。
見てはいけない心の底を覗いてしまった気がしたから。