それからは質問形式をやめ、彼が自身のことを少し話してくれた。
実家は川越で、彼は祖父から相続した浦和のマンションで一人暮らしをしていること。

「父は大学教授ですが、祖父と曾祖父は菱沼の人でした。もう他界しています」

菱沼は総合商社御三家の中で一番歴史が浅い。曾祖父ということは創業期に当たるのではと思ったけれど、彼の話が次に移ったのでそのままになった。
兄弟は兄が一人。父親と同じく大学で教鞭をとっているという。

「父も兄も菱沼のような商業の世界を嫌ったんですよ。実学もね」

「じゃあ何学部で教鞭を?」

「二人ともドイツ文学です。ついでに母親も」

ガリ勉の私ですら思わず〝げぇ〟と言いそうになった。一家の団欒はさぞ楽しかろう。よると触るとすぐ偏差値の話になる仁科家もいい勝負だけど。

「じゃあ……北条課長も文学部ですか?」

「あの時言いませんでしたか? 僕は法学部ですよ」 

「あの時……? あっ」

首を傾げてからあの合コンだと思い出し、私は真っ赤になった。

「いいかげんにあのネタでネチネチやるのやめてくださいよ!」

入社以来の憤懣をついに私が爆発させると、彼が破顔した。

「失礼……これまで何回も笑いたいのを我慢していたので」

彼がこんな風にまともに声を出して笑う姿を見るのは初めてだ。よほど我慢していたらしく、一度笑い止んでからまた笑い出した。

「菱沼で最初に会った時とかね。あまりに挙動のおかしな人がいるので、それで思い出しました」

「ほんと、しつこい」

「でも僕は今まであの件に関して一言も言っていませんよ」

「だからそれが嫌なんですよ! はみ出てますとかチクチクチクチク」

ものすごく怒っているのに、そのうち私も笑っていた。
何だか無性にくすぐったい。私は会話が下手なうえに可愛いことが言えないけれど、彼も楽しんでくれていたらいいなと願う自分が。