この小一時間動転しっぱなしだった心臓を落ち着けながら、遠くから彼を観察する。庶民のドリンクバーにいても菱沼の貴公子の後光は変わらない。

(さっきは凄かった……)

以前に女子たちがよく言っていたアレ──男性が助手席のヘッドレストに片手をかけて車をバックさせる仕草に萌えるというアレを、私はこの歳でようやく経験した。しかもそれを北条怜二バージョンで拝めたのだから眼福だ。

軽トラや自転車が乱雑に停められた駐車場で、彼は狭いスペースに大きな車体を難なく一発で入れてしまった。失敗してくれたらもう一回見られたのに……などと考えていたら彼が戻ってきたので、私は慌てて目を逸らした。

心の準備もシナリオもない突然の打ち合わせに緊張しつつ、改めて頭を下げる。

「あの……遠いところご足労頂き、ありがとうございます」

「遠くはありませんよ。僕も埼玉なので。浦和です」

「へぇ、浦和……」

偽装演技の相手は人事部課長。しかも女性からのアプローチに辟易しているモテ男。曖昧な相槌で時間を稼ぎながら、地雷を踏まない質問を考える。

どうして浦和に住んでいるんですか? ──理由が必要?
ご家族と同居ですか? ──本気の結婚狙いみたいで引かれそうだ。