主婦たちの闘いも矢部さんの低気圧も大荒れのうちにようやく一日が終わり、退勤時間が近づいてきた。今日は六時上がりだ。もうそろそろなのだけど、五時上がりの矢部さんがまだ残っているので帰りにくい。

先ほどまで混雑していた売場に人の姿がまばらになったのを見計らい、お客様の動きを邪魔しないよう気を配りながら売場の床掃除を始めた。

最初の頃は人前で掃除をするのが苦痛だった。いつから平気になったのだろう? 恥ずかしさに慣れたというより、綺麗な店内は品質の一つという清掃の意義を理解したように思う。

とはいえ単純作業をしばらく続けていると頭は雑念に漂っていく。
今日は結婚披露パーティー前の最後の日曜日だ。

〝また近くなったら相談しましょう〟

彼からはいまだに連絡がない。私から連絡するとしたら彼の社用のメールアドレスしかないのだけど、あんな用件のメールを、しかも私用メールを取締まる人事部の課長に送りつけていいものか。

(ダメよね……」

結局、あれは冗談だったのかもしれない。
だったらそう言ってくれないと、恋愛ドラマを観まくったのがバカみたいだ。

とにかく今夜にも友人に欠席連絡を入れなければ。直前に二人分キャンセルすると多大な迷惑をかけてしまうから、せめて私一人でも参加すべきだろう。
屈辱の地獄絵図を想像し、床を磨きながら盛大な溜息をついた時だった。

「仁科さん」

汚れを含んで灰色になったモップの先にあるのは、シミ一つない男性の靴。

声からも上質な靴からもそれが誰なのかはわかるのだけど、私は中腰でモップの柄を握ったまま固まっていた。突然天から彼が降ってきたこの状況に動転して、時間稼ぎをしないと何かヘマをしそうな気がした。