「──お願いします」

カミングアウトも覚悟していたはずなのに、私は蜘蛛の糸にしがみついていた。
答えた瞬間、何かとんでもない選択をしてしまったような、吉凶のわからない予感で眩暈がした。

「では成立ですね。十月の第三日曜と仰いましたか。空けておきます」

「よよよよろしくお願いします」

北条怜二なら友人たちは文句なしにギャフンだろう。地獄に仏なのだけど決まりが悪すぎて口がもつれ、余計に格好悪い。
ところが話はこれで終わりではなかった。

「ただし一つ条件があります」

俯いてそそくさとバッグを抱えた私の頭頂部にビシリと彼の声が刺さる。
やはりそう来たか。成約後に条件を出してくるとは黒い男だ。

「十一月の再試験、お忘れではないと思います。それに合格してください」

なーんだ。いかにも人事部の課長が言い出しそうな条件じゃないの。

「もし不合格なら? 努力しますが一応確認しておきます」

さらに左遷とか? あれよりすごい左遷先があるなら見てみたいぐらいだ。まあ、もし不合格になっても適当に流せばいい。

しかし私は甘かった。北条怜二は破られる前提で条件を出すようなぬるい男ではない。彼は顔の筋一つ動かさず、平然と言い渡した。