気づけば試験会場である大会議室はすっかり人がいなくなり、私だけになっていた。いつまでも聞こえなかったふりをしているわけにもいかず、渋々後ろを向く。

「ええ、趣味は茶道ですよ!」

ドアの脇に立っていた北条怜二は私のハッタリを聞き、口元に僅かな笑みを浮かべた。いつここに来たのだろう? 試験中から? それとも今? どちらにしてもあの結婚相談所前での遭遇を思うと全身から冷や汗が出る。

「手応えはありましたか?」

「なかったのはご覧になったでしょう。派手に喧嘩したのに」

「TOEICの話です」

「…………」

ここが三十二階でなければ窓から飛び出したいぐらいだ。でも今の話の流れだと婚活話だと思うじゃない。

「TOEICはできたと思います。……満点は無理ですけど」

拗ね気味ながら素直に答え、下を向く。私がこうして毎回TOEICを受けていることを彼はきっと知っているのだろうし、婚活している時点で相手がいないことはばれている。こんなことばかりに執念を燃やす生活を送っていることが少し恥ずかしくなった。

「僕はいいと思いますよ。あなたの趣味と根性」

北条怜二にしては不気味なほど柔らかな返答に面食らっていると、彼は部屋の中に入ってきて引かれたままになっていた椅子を一つ直し、こちらにやってきた。
北条怜二のルックスだとそんな作業すら優雅に見えるのねとぼんやり眺めていた私の背筋が垂直に伸びた。彼が私の前まで来たからだ。