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「ふぅ……終わった」

試験時間終了の合図と同時にペンを置き、大きく息を吐く。
九月の下旬、私は再び丸の内を──今度は結婚相談所ではなく菱沼ビルの三十二階を訪れていた。希望制のTOEIC受験のためだ。

すでにスコアは九百点台に乗っているけれど漢検も数検も制覇してしまったので、残る目標はTOEIC満点と決めていた。左遷された身で菱沼オフィスに来ることは抵抗があるけれど、受験履歴に穴を開けたくない。

『九百点⁉ スッゲーなぁ! 俺、むかーし受けたけど二百点もなかったなー』

休日申請の理由を訊かれTOEICと答えた時の佐藤主任の反応だ。逆にそこまで正解を外せるのもすごいと思うが、柳井君も似たようなものだった。

『あ、自分は三百っす!』

『負けたぁー』

世間はみんなこんなもの。満点なんか取らなくても充分に幸せそうだ。佐藤主任はあのキャラあの頭にも拘わらず結婚して円満そうだし、柳井君も可愛い子に告白されたりなんかしてリア充している。

試験会場で筆記用具をまとめる手を止め、ぼんやり考えた。

(これからどうするかな……)

友人の結婚報告パーティーまであと一か月。ジタバタするより友達にカミングアウトするしかないだろう。
それと親だ。タママート出向がばれてからというもの、以前に増して結婚を急かしてくる。

この年齢で結婚に求めるものが恋だなんて、事実上結婚を諦めるに等しい。いっそ友達にも親にも結婚しない宣言を出してしまおうか?

嘲笑、罵声、親子戦争。

そこで受けるであろう色々なものを想像して溜息をつく。