彼は驚いた表情で私の顔をまじまじと眺めた。それから彼の視線はリボンとハートとマリッジリングの画像で飾られたピンク色の看板を眺め、一往復して再び私の顔に戻ってきた。

スローモーションのように恐ろしく長く感じるそれを、なすすべもなくただ見つめる。彼は可笑しそうに口元を歪め、たった一言コメントした。

「これはこれは」

どう善意に解釈してもバカにしているようにしか聞こえない。絶対さっきの私の捨て台詞も聞こえていたはずだ。

「いや、ちょっと間違って入ったというか」

聞き苦しい言い訳をスルーし、彼は屈んで地面に落ちていたパンフレットを拾った。そこには「間違って入った」割に気合十分のエントリーシートも重ねられている。

「なかなか有意義な休日を過ごされているようで」

これ以上ないほど恥をかいているのに、さらにいたぶられる。

「どうしてこんな所にいるのよ!」

この台詞、そのまま自分に言いたい。彼がここにいるのは菱沼オフィスの通り道だから。
収拾不能に陥った私はこの場を放棄して向きを変え、走り出した。

「仁科さん」

ところがいったい何度目だろうか、後ろから呼び止められた。

「駅は逆方向ですよ」

「こっ……、こっちに用事があるんですっ」

どうして私は北条怜二の前ではまともに振舞えないのだろう?
用事などない、よくわからないエリアを意地で疾走しながら、私の頭の中はひたすらさっきの「いやぁぁぁぁ」を叫び続けていた。