「仁科様! こちらをお持ち帰りください」

そう言って先ほどのカウンセラーがパンフレットを押し付けてくる。

「結構です」

「いえ、中に仁科様のエントリーシートが入っております。当方も不要なので」

なんて言い草! 個人情報なのでとか、他に言い方があるだろう。無言でパンフレットを受け取り、出口に向かう。
でも敵はやたらにしつこかった。

「結婚したくてここにいらっしゃったのでしょう?」

背中に刺さった嘲りに、頭の中でプツリと何かが切れる音がした。
せっかくここまで抑えてきたのに、私は道路に飛び出しながら振り向きざまに本音をぶちまけてしまった。

「じゃああなたは勧められたら誰とでもヤれるんですかって話よ! はっきり言わなきゃその図々しい口を閉じられないの? ヤれるかヤれないか、結婚の最低条件ってぶっちゃけそういうことでしょ!」


ああ……やってしまった。

丸の内の路上でこんな破廉恥なことを叫ぶ日が来るとは。
これでも一応羞恥心は働いていて、「恋のない結婚はできないの!』という乙女な叫びを回避したらこうなったのだ。どっちがマシだったかは、もういい。

ところが前を見ていなかったせいで、通行中の男性にまともにぶつかってしまった。

「ごめんなさい!」

その背の高い男性を見上げた私は我が目を疑った。
今さら変装メガネとマスクを装着しても、もう遅い。この店が菱沼オフィスから徒歩五分の距離にあるということをどうして私は忘れていたのだろう?

(い……いやあぁぁぁぁ!)

その瞬間、私が上げた心の悲鳴は東京中に聞こえていたかもしれない。
ぶつかったのはこの世で一番会いたくない男、北条怜二だった。