身を乗り出した私を彼はゆったりと眺め、一呼吸おいて告げた。

「仁科紺子さん。あなたは菱沼グループ傘下のタママートへ出向していただきます」

「…………」

 ──今、何て?
 前のめりになった姿勢のまま、ポカンと口を開けて正面の美麗な顔を眺めた。フランス語ではないし、イタリアの地名でもなさそうだ。
ていうか語尾の〝マート〟って何。

「タ……タマ……?」

「マート」

覚えの悪い生徒の英会話レッスンのような私の復唱を、北条怜二が馬鹿丁寧な口調で繋いだ。

「タママートは埼玉県に本社を置くスーパーマーケットチェーンです。資本金等の企業情報の詳細はあとでこちらをご参照ください」

テーブルの上に数枚の紙が差し出される。それには構わず、私は立ち上がった。

「ちょっと待ってください」

埼玉って何。スーパーマーケットって何。意味がわからない。

「何かの間違いではないですか? 私はずっとファッションビジネス部門で経験を積んできました。それが、スーパーって……」

ファッションに何の関係もない。日本を代表する総合商社に入社したのに、なぜ零細企業で大根を叩き売らなければならないのか。

「タママートは零細企業ではありません」

北条怜二がぴしゃりと言った。私は声に出していないのに、彼にはこうして心の声まで透かして読むようなところがある。