(そう。だから一本釣りなのよ)

看板を睨みつけながら自分に言い聞かせる。大手っぽいし、店の外観も綺麗だし、何たって一等地に店を構えているのだから信頼できそうだ。

「行くのよ、早く」

菱沼オフィスから徒歩五分の距離ではいつ誰に目撃されるかわからない。自分の導火線に火をつけるため、母や友人に投げつけられた数々の言葉を思い起こし、拳を固める。

(……負けるもんですか!)

突如、私はその看板に向かって突進し始めた。こんなに鼻の穴を膨らませて結婚紹介所に突入する女はいないだろう。

「いらっしゃいませ」

受付のにこやかな笑顔に迎えられ、慌てて変装用のメガネとマスクを取る。
奥は優雅なサロンになっていて、無料カウンセリングのためのエントリーシートに経歴や希望する条件を書き込んでいく。

担当カウンセラーが来るのを待っている間、受付の女性が用意してくれたフレーバーティーを飲みながら壁に飾られた成婚カップルのウエディング写真を眺めた。医者、弁護士とそれぞれの職業も記載してある。どのカップルも笑顔だけど、正直、女性に比べて男性陣のルックスが冴えない。

〝天は二物を与えず〟

最高の頭脳と最高のルックスを兼ね備えた男性は希少価値で、こういう市場に出てこないのだろう。そう、北条怜二みたいな。

「お待たせいたしました」

頭から北条怜二を追い払っていると、晴れやかな声とともにカウンセラーの女性が現れた。三十代前半といったところで、私とさほど年齢は変わらない。左手薬指には結婚指輪が輝いている。

「仁科紺子様ですね。ご経歴など拝見したところ、うーん……難しそうですが大丈夫です。私にお任せください」

〝難しそうですが〟……?
私の中で黄色信号が灯った。相手を下げて自分を上げるあたり、この人物はプロなのか?と。

そう。あとから思えば、出だしからこのカウンセラーとのバトルのゴングは鳴っていたのだ。