「さて」

北条怜二は手元の紙を伏せて右の書類山に移したあと、左の書類山から一つを手に取った。
右の山に移されたのは前の面談者の書類で、新たに手に取ったのが私に関するものだろう。流れ作業だと言わんばかりの所作だ。

「仁科紺子さん。この四月で入社七年目に入りますね」

「はい」

「現在の職務について自己評価をお聞かせください」

「昨年よりチームリーダーを任され、特にマーケティングの分野で貴重な経験を積むことができました。昨秋のコレクション企画では市場の大きな反響を得て、手ごたえを感じています」

すでに評価は下り行先も決まっているのに、どうしてわざわざ自己評価を言わせるのだろう? 相手を試すような通過儀礼に疑問を抱きつつ無難に答えた。

「業務には現場視察や指導も含まれますね。現場とのコミュニケーションは円滑に取れていますか?」

彼はそう言ってテーブルの上で肘をついた両手を顔の前で組み、唇の端をわずかに上げた。整った顔立ちにその仕草は絶妙に似合っていて、それが嫌味ったらしさを引き立てている。

「はい。問題ありません」

澄まして答えたけれど、現場ウケがよくないことは知っている。
例えばアパレルショップが私たち本社のディスプレイ指示を無視して勝手なアレンジを加えたりすると、指示通りに直させる。ブランドのコンセプトを濁らせる危険があるからで、規律は大事だ。

「現場視察には十分な時間をかけていますか?」

「必要だと思われることはきちんと確認しています」

本音が少し滲み出た。正直、視察と称してだらだらと遊んでいる上司と同じにはなりたくない。もっと重要な仕事は山ほどあるのだから。

「そうですか」

彼はあっさり頷き、手にした紙をひらりと持ち上げた。

「あなたの評価などを鑑み、キャリアデザインの観点から次のステップに移る時期だと人事部は判断しました」

いよいよだ。ごくりと喉が鳴る。
そうよ、これは人生の転機。せっかく総合商社に入ったんだもの、勇気を出して大きな舞台に立たなければ。