今日も道具屋営業中!

「おい、貴様……」


山岡さんの身体から手を放して、魔王が声を掛けました。


「むっ、なんだ貴様は……我ら魔族の恨みを晴らすのだ、邪魔は……おや?」


「ほう、魔族の怨念が、この魔王に説教をするとは良い度胸だ。貴様のせいで、熱い水をかけられるわ、その水は臭いわ……許すまじ!!」


「ま、まさか! そのお姿は魔王様!? いや、だが……トレードマークのブーメランパンツを穿いておられない。ズロースを穿いているなんて、魔王様がそんな事を……」


魔王=ブーメランパンツなんですか?


それだけが魔王を認識する材料だなんて、なんだか悲しい気がします。


「あの世で詫びよ! この魔王に、無駄な痛みと悪臭を与えた事を! ぬううううんっ! はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


凄まじい怒りが、魔力と共に手に集まります。


黒く輝く闇の球体。


解き放たれたそれが、魔族の怨念に向かって放たれました。



「ひ、ひいいいっ! そ、そんなっ! 嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



闇の球体が怨念に直撃し、山岡さんに取り憑いた物は消滅しました。


魔王の「消滅癖」が、役に立ったのです。


「くそっ! 身体中が熱い! ワシは湖で身体を洗ってくるからな! 後は貴様らで何とかしろ!」


そう言って魔王は、湖に向かって走って行きました。
「それにしても、聖なる雫って凄いんですね、マスター。あんな凶悪そうな怨念まで追い出すなんて」


「あ、いや……確かに聖なる雫には破邪の力はあるにはあるんだが。本来、あれほどの力はないのだがな」


そのマスターの呟きで、私は何となく察する事が出来ました。












うんこですね。










どういう理屈かはわかりませんが、うんこの成分が泉に溶け出して、聖なる雫の効果を飛躍的に上げた……としておきましょう。


それ以外に考えようがないんですから。


「しかし、これがあの山岡なのか? 俺が知っている山岡は、もっとブクブク太っていたはずだが……」


道に倒れている山岡を見ながら、マスターが不思議そうに首を傾げます。


「そう言えば……無駄な脂肪も、怨念と一緒に消え去ったんですかね? なんだか余計な物が全てなくなったみたいな感じですね」


脂肪がなくなり、その下にあった筋肉が、見た目にもわかります。


驚くべき、コングデビルのうんこの効果です!


そして……私は、全裸で倒れている山岡さんに、信じられない物を見てしまったのです。


まさかこんな物を見付けてしまうなんて……どういう事なのでしょうか!
「マ、マスター! 山岡さんのおしりにハート型のアザが……こ、これってもしかして……」


「むっ! これはどういう事だ? 伝説の勇者のぼるはもう既に……いや、待て。山岡の名前は『ゴッデス山岡のぼる』。まさか……伝説の勇者のぼるか?」


なんか、わけがわかりません。


同じ村に、伝説の勇者のぼるが二人もいるなんて。


だけど、旧のぼるよりも、この新のぼるの方が勇者っぽい身体つきをしています。










「……昨日までの俺は、何者でもなかった。だが、今日からの俺の名は、世界中が知るだろう。そう……俺は伝説の勇者のぼる。この目覚めは、世界が俺を求めていたのだ」










気が付いたのか、厨二病臭いセリフを吐きながら起き上がりましたよ。


スラリと引き締まり、筋肉の浮き出た身体。


勇者と呼ぶに相応しい、凛々しい顔付き。








……うん、旧のぼると比べると、月とスッポンです!


山岡さんが、伝説の勇者のぼるに違いありません!


ひょんな事から始まった動物霊騒動。


うんこの成分が混じった聖なる雫は、山岡さんの色んな物を祓い去って……伝説の勇者誕生という、不思議な結末を迎えました。


この事を、旧のぼると魔王が知るのは、もう少し先のお話です。
魔王がうちに来てから、三日が経ちました。


最初は村の人達と仲良く出来るか心配だったけれど、案外早くにこのドイナーカ村に溶け込む事が出来たようです。


「おはようございます。今日も良い天気ね。歩くのが楽しくて楽しくて。健康の為に1日10kmは歩いているのよ」


魔王に膝を治して(?)もらったメアリーおばあちゃんが、パンを買いに店にやって来ました。


「ふはははははっ! メアリーよ、貴様は死ぬまでそうやって歩き続けるが良い! さて、今日は何にする! コーンブレッドか、バターロールか! それとも……クロワッサンにするか!! ワシのオススメはレーズンパンだぞ!」


いつものように、魔王が高笑いです。


「そうねえ、じゃあ今日はレーズンパンを二つと、ミルクパンを一つ頂こうかしら」


そう言って、満面の笑みでメアリーおばあちゃんが15Gをお財布から取り出して、魔王に手渡しました。


「ふはははははっ! お買い上げありがとうございます! サービスで、ミネラルたっぷりのお水も付けてやろうではないか! とくと味わうが良いわ!」


ふふっ、私は知っています。


メアリーおばあちゃんが毎日パンを買いに来るようになってから、喉に詰まらせるといけないと、朝早くに起きてどこかに水を汲みに行っているのを。
そして、魔王は知らないですが、この村には「伝説の勇者のぼる」が二人もいます。


一人はバカで弱くて、そのくせスケベなどうしようもない虚弱体質ののぼる。


もう一人は、聖なる雫で色んな物が祓われて目覚めた、ゴッデス山岡のぼる。


どういうわけか、魔王が店にいる時に二人がやって来た事はありません。


「では未来、わしはマスターに頼まれた素材を集めに行ってくる。店番は任せたぞ」


ブーメランパンツにマントといった変態じみた格好で、バスケットを持って、私を馬鹿にしたような笑みを浮かべます。


「魔王に任されるまでもないです。店番なら、私の方がキャリアが長いんですからね」


全く。


ちょっと魔王だからっていい気にならないでほしいもんです。


魔王なんて私からしたら、まだまだ道具屋としては素人なんですからね!


「ふはははははっ! これは借金を返済する日も近いな! 未来よ、わしの借金は後いくらだ! 言ってみろ!」


どうして借金をしている身でこんなに上からなんでしょうね。


帳簿を取り出して、魔王のページを開いて金額を確認します。


「えーと……回復薬代と三日間の食費、光熱費を合わせると……510Gですかね?」


「な、なにぃっ!? 元よりも増えておるではないか! なんというブラック企業だ! 働けば働くほど借金がかさんで行くとは! 貴様ら……この魔王を社畜にするつもりだな!?」
ブラック企業とか社畜とか、魔王の言葉はわからない事だらけです。


「何言ってるんですか! 一日7食だし、部屋中にロウソクを立てて全部に火を灯すし、グツグツ煮立ったお湯じゃないとお風呂に入れないとか言うし! この道具屋を潰すつもりですか!!」


「ぐぬぬぬぬ……しかしこの生活水準を落とすわけにはいかぬ! 良いだろう、ならばもっともっと働いて借金を返してくれるわっ! おっと、こうしてはおれん。素材を集めに行ってくるぞ!」


そう言い放って、マントをひるがえした魔王は、颯爽と店を飛び出して行きました。


……食事は仕方がないとしても、どうして部屋中にロウソクを立てているのか、不思議でなりません。


少しでも魔王っぽくしようとしているんでしょうかね?


お店の床をホウキで掃きながら、そんな事を考えていた時です。


キィと店のドアが開いて、誰かが入って来たのです。


「あ、いらっしゃいませー」


と、営業スマイルを向けるとそこにいたのは……。













「よ、未来! 来てやったぜ!」













なんだ、のぼるでした。


営業スマイルでも向けて損しましたよ。


顔をしかめて、明らかに嫌そうな顔をしても、のぼるは関係なく店に入って来ました。
「いやあ、なんかさ、伝説の勇者のぼるを騙る偽者が調子に乗ってるみたいじゃない? だからここは、俺がバシッと決めて、誰が本物の勇者かわからせようと思ってね! そうすれば、女の子にもモテて一石二鳥じゃないか!」


どうせそんな下心があるんだと思ってましたよ。


のぼるもいい加減わかれば良いのに。


ぜんっぜん勇者に向いてないって。


スライムにも勝てないへっぽこ勇者に、一体何が出来ると言うんですか。


「それよりも……コングデビルのうんこの匂いがしませんね? 2年は取れないって言われてたのに。一体どうやって取ったんですか?」


そう、あの異臭がしないのです。


こればかりは不思議で仕方がありません!


「え? そう言えば匂わないな。もしかしたら昨日、スライムを追い掛けてたら肥溜めに落ちたから、そのせいかもな!」


なるほど!


マイナス×マイナスはプラスってことですね!


「そんなわけないでしょ! と言っても、匂いがしないのは事実なのです。それどころかフローラルな香りすらしますね」


「お、俺に惚れてもいいんだぜぇ? ほれほれ、フローラルフローラル」


いや、元々はうんことうんこの匂いですよね、それ。


何がどうなってこんな匂いになったのか、ミステリーですよ!


「もう! 早く出ていってください! こんなところで油を売ってないで! 邪魔ですよ!」


本当にお仕事の邪魔だから遊び感覚で来ないでほしいです。


のぼるがいても、1Gの得にもなりませんから。


「チッチッ! わかってねえなあ。冒険に行く前に準備するのは当たり前だろう? 今日は……回復薬を買いに来たんだぜ!!」


な、なんですって!?


あ、あののぼるが……回復薬を!


「ど、どうしたんですか、冒険の準備だなんて……やっとまともな事を……はっ! もしかして熱でもあるんじゃ!」


のぼるがまともな事を言うなんて、きっとただ事じゃありませんよ!


慌ててのぼるの額に手を当てますが、大して熱なんてありません。
「バ、バカ野郎! そんなんじゃねぇし! 今回の冒険は、さすがの俺も危険かもしれないだけだし!」


私の手を払い除けて、なぜだか照れたようにモジモジとしています。


でも、そういう事なら今日はのぼるはお客さんですね!


「それなら話は別です! いらっしゃいませ! 何にしますか?」


急いでカウンターの内側に入り、ニッコリと笑顔を向けます。


「も、萌え萌えキューン!」


のぼるが変な事を言って悶えました。


魔王には、私のスマイルは効きませんでしたけどね!


「はぁ……はぁ……なんて破壊力の笑顔だ。回復薬を……とりあえず5個貰おうかな」


お、5個も買ってくれるんですね?


いよいよ本格的に冒険に出る雰囲気です!


「じゃあ、50Gになります。大丈夫ですか? 道具袋に入りますか?」


そう言って、回復薬をのぼるに手渡そうとした時でした。
















「おっと、それは俺が頂こう。伝説の勇者のぼるの名を騙る偽者に、道具を売る必要なんてないぜ!」














店の入口に立ち、前髪を手で掻き上げて……山岡さんが、のぼるを指差していたのです。


……いや、回復薬くらい別に誰にでも売ってあげるんですけど。
山岡さんの発言に、のぼるがムッとした表情で振り返ります!


「の、のぼるの名を騙る偽者!? 俺の名前はのぼるだ! 本名なのに偽者呼ばわりされる覚えはないぜ! お前こそ誰だよ!」


同じ村に住んでるのに、山岡さんを知らないんですね。


まあ、引きこもりだったから、知らなくて当然ですかね?


「俺か? 俺は、予言にあった伝説の勇者……のぼる。ゴッデス山岡のぼるだ。深淵の闇から目覚めた、真の光の勇者だが、なにか?」


こうして並んでみると、確かにのぼると山岡さんは「勇者感」が違いますね。


のぼるは四等身、山岡さんは七等身で、山岡さんの方が明らかに勇者っぽいです。


「はぁ? 深淵の闇とか光の勇者とか、何言っちゃってんの? そんな恥ずかしい事を言ってるやつなんて口だけだって相場が決まってるんですけど! お呼びじゃないぜ、このドサンピンが!」


のぼるが必死に反論しますが、凄まじいブーメランです!


口だけののぼるに言われちゃあ、山岡さんも立場がありません!


「ほう? では口だけではない所を見せてやろう。俺は今から、たまに村を襲って来るゴブリン達のボスを倒しに行く。そうすれば、村も少しは安全になるだろうからな。どちらがドサンピンが教えてやる!」


あ、それは良い案ですね。


やっぱり山岡さんの方が勇者っぽいです。


それにしてもドサンピンって流行ってるんですかね?