ひとまず箕面から池田へ抜けて、伊丹からなら抜けられそうだといった話が聞こえたので、池田から宝塚の方面へ出て、さらに三田のあたりから南に下がるといった策で目指した。

伊丹に入って、余震に何度か遭った。

宝塚のあたりはなんともなかったが、裾の西宮は甚大な被害が出ていたらしく、あちこちで家屋が倒れていたらしかった。

ところどころ検問があったが、一真が薬の配送だと言うと警官は通してくれた。