母が頼んだワインだろう。私はそちらに目をくれず、一心に母を見つめていた。

 母の口から出る、人物が気になって――


「あなたのお兄ちゃん」


 気になって、目を向けなかった。

 私の横で、一人の青年が足を止めた。

 彼の手にはいくつもの種類の料理が乗った、一枚の大きなお皿。反対の手にデザートが数個乗ったお皿を持っている。



 私は、彼を見て固まった。

 彼も、私を見て固まっていた。



「佐藤……先生……」


 どうか、そのお皿をこのテーブルの上に置かないで。あなたの席がここではないことを、真っ白になった心のどこかで願っていた。


 あなたがここにいること自体は問題ではない。飲食店で教師と生徒が鉢合わせするなんてことは、珍しいようで珍しくない。

 問題は、そのお皿を持って離れるか、離れないか。


 先生の手にばかり注目していた。私の知りたいことは、予想に反して隣の席からネタバレされた。


「キャーッ夜明くーん! デザートありがとうー!」


 それはもう見事に、母が。知りたくない答えを、聞きたくない答えを、大きな声で教えてくれた。