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 誰も聞いていない。プライバシーが保護された、リゾートホテルのイタリアン、個室空間。

 直ぐ外には大勢の人がいる。防音設備がともなっていない以上、声量には抑えめに。それでいて食器音を乗り越え、相手に聞こえるくらいの大きさで。


『兄としてしか見られなくなったら、どうします?』


 まだ数回しか会ったことのない女性と一足先に食事を楽しんでいた。

 顔にこそ出さないが、彼女と二人きりは少々居心地が悪い。いつもは彼女の旦那も交えて三人で食事をしていたが、今日は家でダウンしているそう。個室だというのに、よく旦那は奥さんにオーケー・ゴーサインをだしたものだと感心する。日取りを変えて、また改めてとドタキャンして欲しかったというのが本音だ。


 口に物を運び続けることで、居心地の悪さから目を反らし続けた。

 この心情を知らない相手は、楽しそうな声と共に右手の赤ワインを揺らす。


『それならそれでいいじゃない。結婚っていうのは家族になるってことなんだから大して変わらないわよ。戸籍上の関係が兄か夫婦かの違いだけ』


 小さく一口、それを口の中に運んだ。


『いや、だいぶ違うと思いますけど』

『じゃあやめる? あの子に兄としてしか思われなくなったら……あの子の婚約者を、辞退する?』