随分と、特異な霊力の持ち主だと。烏天狗の翠雨(すいう)は彼女​──湖沼(こぬま)美兎(みう)と地下鉄ですれ違った時に思った。

 己の(つがい)となった、栗栖(くるす)紗凪(さな)とはまた違う人間風に言うのならば、不思議な霊力の持ち主だと。

 わずかに妖気が混ざり、甘い匂いを漂わせているような。妖につけ狙われそうな霊力だが、契約している座敷童子の真穂(まほ)のお陰で事無きを得ているそうだ。

 加えて、将来的に番になるかもしれない、元地獄の補佐官だった猫人の火坑(かきょう)

 彼奴(きゃつ)が側にいるのなら、安全も安全だ。妖気の一部を美兎に植えつけているくらいの執心でもあるようだから。

 名古屋港の水族館をひと通り観て回り、次に翠雨達が行くのはテーマパークなので彼女らとはここで別れることになった。

 紗凪は、また携帯で連絡し合おうと美兎と約束してから翠雨の腕に抱きついて来た。


「お待たせ〜!」
「……然程待っていないでござる」
「ふふ、ありがと」


 火坑もだが、翠雨も人間ではないので人間の女性と懇意な関係になるのは正直言って恐れていた。

 貧弱、虚弱な上に、寿命の差が大き過ぎて。妖とは違い、随分と儚くなってしまう。

 医術が発達したとは言え、せいぜい百年も生きられるかどうか。

 だが、それでも紗凪は見過ごせなかった。

 (かんなぎ)と呼ばれる、百年どころか数百年にひとり見つかるかどうかと言う、山の神とも呼ばれる天狗族が重宝したがる女。

 それが、大戦以前からさらに激減して子孫繁栄に困り果てていた天狗族でもある翠雨は。

 彼女がまだか弱い幼少期の頃に、悪どい妖連中に連れ去られそうになったのを助けたのだ。巫であろうとなかろうと、人間、しかも女をかどわかすなど言語道断。

 烏天狗の父に厳しく育てられた翠雨だからこそ、見過ごせなかった。

 見目が愛らしいとかそう言う理由ではなく、国津神(くにつかみ)の一員として不当な輩を放っておけなかったのだ。

 だが、そこから惚れられるとは予想していなかったが。そしてまた、己自身も成長した彼女に惚れてしまうことも。

 烏天狗は特に、伴侶の選別が厳しいと有名な種族ではあったが。巫の素質を持ち、明るく朗らかな性格が何故か翠雨の父にも好印象を持たれたので。見事、番になったわけである。


「美兎ちゃんも、かきょーさんともっと仲良く出来るといいねー?」


 紗凪の質問に、意識を現実に戻した翠雨はそうだなと頷いた。


「そう言えば〜、今日はかきょーさんの誕生日だって」
「……妖に転生した日、か」
「かきょーさんが猫ちゃんの妖怪だって言うのは聞いたけど、妖怪の姿ってどんなの?」
「毛並みは白。猫の頭を持った全体的に線の細い人間のような出で立ちでござるよ。手に毛はあるが、形なども人間と同じだ」
「へ〜? マンボウ届ける時に見れるかなあ?」
(にしき)の界隈に行くでござるから、見れるはずだ」
「んふふ〜、ちょっと楽しみ」
「それより、テーマパークに行くのでござろう?」
「あ、そだった! 観覧車絶対乗ろうね?」
「ああ」


 実は、水族館からそう遠く離れていないテーマパークに行くのはいいのだが。

 翠雨が紗凪を助けたきっかけで、彼女は妖怪の類に興味を持ってしまい。

 人間達が作るパニックホラーの遊具などにどハマりしてしまったのだ。

 逆に、翠雨はもう彼女にバレてしまっているがそう言う類が実は苦手で。作り物、ハリボテ、化粧で変化した人間とは言えど。

 すべてが、翠雨の幼少期に跋扈(ばっこ)していた魑魅魍魎(ちみもうりょう)の列に放り投げられた恐怖と重なり。異常な程のトラウマを蘇らせてしまうのだ。

 しかし、紗凪はそんな翠雨を可愛らしいと言うので、未だに連れて行くのだ。

 おそらく、今日も連れて行かれるだろうが。己に下す傷よりも彼女の笑顔が大事だと認識しているので。

 不甲斐ないながらも、ついて行くのだ。


「ねーねー、すーくん!」
「ん?」


 そんな心情を悟られないようにしていると、紗凪が腕を軽く引っ張ってきた。


「すーくんの誕生日、いつ教えてくれるの?」
「……今の暦ではわからぬと言ったでござろう?」
「えー? じゃあ、かきょーさんはすーくんよりも歳下なの?」
「それは聞いたことがないが」


 言われてみれば、たしかに。

 種族は違えど同じ妖。なのに、彼奴は自分の生誕日を知っている。となれば、現世でも比較的若い世代と言うことか。

 なら、彼奴に聞いて翠雨自身の生誕日を聞くのもいいのかもしれない。

 紗凪にそう聞けば、やったと声を上げた。


「やっと、すーくんの誕生日祝えるよ!」
「……それだけのために?」
「私に出来ることは、出来るだけしたいんだもん! お料理とかはまだまだ勉強中だけど、パーティーとかなら出来るし?」
「……そうでござるか」


 抜けているようで、実はしっかりしている。

 まったく、(したた)かな女だなと愛しくなり、翠雨は彼女の髪に口づけを贈ったのだった。