ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。









 節分の日。

 日本人には馴染みのある行事だ。一年の厄災を祓う、豆を鬼役にぶつけるイベント。

 と言うくらいしか、美兎(みう)は認識しないでいる。まあ、間違っていない。と、今日ある意味主役の真穂(まほ)からは軽く頭を小突かれた。


「いーい、美兎? 日本の人間の行事って、だいぶ簡略化されてる部分もあるけど。節分って昔は年に四回もあったのよ?」
「え、なんで!?」
「まあ、面倒いとかやらなくなったとか色々あるけど。……とりあえず、今日は真穂……いいえ。私も頑張らなくちゃ!」
「真穂ちゃんが私って言うの、新鮮ー?」
「妖としてだと、『我』って使ったじゃない?」
「あれー?」


 まだ一年も経っていないのに、随分と昔に思えてきた。それだけ、社会人として現代社会でもみくちゃになるくらい目まぐるしい生活をしていても。恋人になった火坑(かきょう)や真穂達がいてくれたお陰だからか。

 とりあえず今日は、美兎が真穂とは友達と言うことで電車途中で合流して。平針(ひらばり)に到着したら、兄の海峰斗(みほと)がいると言うことになっている。

 まさか、美兎と真穂がほぼ同居していることは流石に両親には言えないので。

 今はちょうど、鶴舞線で平針に到着したところだ。


「ま。海峰斗も待っててくれてることだし、行こ行こ!」
「うん!」


 改札でそれぞれ電子カードを通してから地上に上がり、前回同様にターミナルで海峰斗が待っていた。


「真穂ー!」
「やっほ、海峰斗ー!」


 出会い早々にハグとは。美兎が火坑に出来ても腕にしがみつくくらい。これが性格の違いかと思わずにはいられない。

 とりあえず、赤鬼の隆輝(りゅうき)がいる店で事前に買った菓子は潰さないようにはしていたが。

 そして、海峰斗は姉と慕ってた彼女を呼び捨てするくらいに好きでいるようだ。美兎もまだ火坑に呼び捨てとかタメ口調が出来ないでいるのに。


「美兎、行くぞー?」
「あ、うん!」


 もう再会のハグタイムは終わったようで、海峰斗は真穂と手を繋ぎながら待っていてくれた。

 並んで歩く二人は、歳の差があれどとてもお似合いに見えた。


「あれ? 真穂、外見年齢上げた?」
「そりゃあね? あ、わ……たしは、自営業してるってことにして? 実際してるけど」
「なに?」
「私も聞いてないよー?」
「重複して言うのが面倒だからよ? 小説家よ? これ」


 と、ダウンのポケットから取り出したのは、文庫本。小説家と聞くのは、美兎も初めてなのに、本は実在していたのかと驚かないわけがない。

 一度止まって、海峰斗と表紙を見ることにした。


(さかき)……」
「真穂? え、このペンネームって?」
「んー? 美兎知っててくれた??」
「お母さんが大ファン……!」
「あら、嬉しい」
「え、え? 真穂、人間年齢でいつから書き始めてんの!?」
「んー? この姿が海峰斗と同じだから……十七歳?」
「ほー?」
「すっご」


 美兎とは違う、創作の畑ではあるが。それだけ創作意欲が湧く世界に身を置いているのが、少し羨ましく感じた。


「人間の名前も同名だから」
「う、うん」
「うっわー、母さん超喜びそ! 親父もちょっと読み出してるって聞いたし」
「あらあら? イメージと違うって言われないかしら?」
「真穂は真穂だろ? 早く行こうぜ?」


 もうすぐそこなので、湖沼(こぬま)の実家に到着すると。真穂は態度を変えて、上品に母達に挨拶をするのだった。


「榊真穂です。この度は、お招きいただきありがとうございます」
「あらあら、可愛らしい女の子ね? はじめまして、海峰斗の母です」
「……父です」
「お父さん、固くなり過ぎよー?」


 さてさて、美兎はほとんど傍観者でがあるが。

 真穂が海峰斗と付き合うのを認めてもらえるか、見届けなくては。