カラスミで炒飯。
美兎は社会人に成り立てから今日まで、世界もだが日本の『三代珍味』をほとんど口にしたことがない。よくても、それまで知らなかった安いウニを回転寿司で口にした程度。
だが、この店に通うようになってから、はじめて美味しいウニを食べさせてもらったりした。甘くて磯の香りは程よく、とても口溶けが良くて美兎の好物になった。
炊き合わせや、焼きウニとかで火坑が作ってくれたりしたが、カラスミはまだ食べたことがなかった。
取り出したのは、厚切りのタラコを乾燥させたようなものだったが。
「火坑さん、それがカラスミなんですか?」
「はい。美兎さんは、カラスミが何で出来ているかご存知でしょうか?」
「……お恥ずかしながら、全然」
「ふふ。では、水藻さんはどうでしょうか?」
「はい! ボラやサワラ、サバの宮腹ですね!!」
「みや……ばら??」
「雌の子宮なんですよ。魚介類の内臓もですが、カラスミは卵も詰まっていますからね? 加工したタラコのようなものと、美兎さんは思うかもしれませんが」
「へー?」
タラコに似ているのなら、とても美味しそうだ。世界三大珍味のキャビアもまだ経験がないが、魚の卵だから似ているかも。
とりあえず、梅酒のお湯割りでお腹を温めつつ、残して置いてくれていたスッポンのスープで少々腹を満たす。頭はなかったが、甲羅のコラーゲン部分があったので遠慮なくしゃぶった。
そして火坑は、カラスミを小さなおろし金で細かくして。野菜はシンプルにネギだけ。
あとは、美兎の心の欠片から取り出した、烏骨鶏に近い少し青紫色の卵。
卵を割って菜箸でほぐしてから、一気に仕上げていくのだった。
「炒飯は高温で一気に仕上げるのが鍵です。中華鍋でなくとも、鉄鍋で油を多めに引いて強めに鍋を熱してから卵を入れます」
卵を入れた時の、じゅわっと上がる音がたまらない。
すぐに、何故か湯気が出てる温かいご飯を入れて木ベラで手早く混ぜたら、あら不思議。
べちゃつくことがなく、パラパラの炒飯になっていったのだ。
「ふふ。不思議そうな顔をされていますね?」
米をパラパラにさせながら、火坑が少しこちらを見たのだ。
「はい。もっとべちゃってするかと」
「逆なんですよ。冷やご飯の方がべちゃつく原因なんです」
「え」
「僕も初めて知りました」
完全にパラパラになったら、ネギとカラスミを入れて手早く混ぜて。軽く塩胡椒して味を整えていくらしい。もっと、中華出汁を使うかと思ったら違うようだ。
「仕上げに、鍋肌に醤油を垂らして…………はい、お待たせ致しました。カラスミの炒飯です」
そして、大きめの茶碗で盛り付けてくれた炒飯は。欲目抜きに、黄金色に輝いているように見えた。
河童の水藻にも軽く茶碗一杯くらいの炒飯を差し出したのだった。
「美味しそう!!」
「ですよね!!」
熱いうちに、とレンゲですくってから軽く息を吹きかけて。口に入れると、炒めたせいか卵のぷちぷち感がなんとも言えないくらい楽しい。
「美味しいです! ちょっとチーズのような香りもするんですけど、味付けがほとんどカラスミのせいか塩加減が絶妙です! いくらでも食べれそうです!!」
「気に入られましたか? でしたら、今度はもっとポピュラーなパスタがいいかもしれませんね?」
「う〜〜聞いただけでも美味しそう!!」
「おいひいでふ!」
美味し過ぎて、水藻もぺろりと平らげてしまうくらい。美兎もゆっくり味わって食べている間、水藻の話を聞くのだった。
「アマビエ、ですか?」
「はい。実在する妖なんですけど、厄災を祓うとかなんとかで。……人間達は僕ら河童を遠ざけて、彼ばっかり崇めているんですよ? あ、美兎さん達人間を蔑ろにしているわけじゃないです!」
「ふふ。わかっていますよ? けど、アマビエですか」
たしかに、ニュースやSNSで過去の文献などの紹介やイラストが多数上がっているのは事実。急激な暴風雨に水害などなど。それらを思うと、人間というものが何かにすがりたい気持ちが溢れてくる。
かく言う美兎が所属するクリエイティブチームでも、アマビエはちょっとした話題になっていた。
半魚人でも人魚とも違う、異形の姿。だが、愛くるしさを思わせるのだとか。全部、同僚の田城真衣の情報だけど。
「江戸後期に打ち上げたれたのを、絵師が残したとか文献は多々ありますが。彼らが幸運の象徴とも言われるのは真穂さんとも違いますから」
「……火坑さん、お会いしたことがあるんですか?」
「ええ。ここにも度々来られますよ?」
「おお!」
「う。美兎さんも気になっちゃいますか?」
「あ、すみません。純粋に好奇心から」
「ふふ。意外と美兎さんは、ここの常連さん達と遭遇する機会が少ないですからね?」
「そうなんです!」
水藻も十年近く通い続けているそうなのに、今日まで出会うことはなかった。他の常連とも、美兎はほとんど出会っていない。人間も、美作辰也だけだ。
「でしたら、僕がとっておきの友人をご紹介したいです!」
「水藻さんの?」
「人魚です」
「え!?」
陸に上がれるのか、とすぐに疑問に思ったが。水藻の話だと、人化すれば問題ないし。海ではなく河の人魚だそうだ。
年が明けてから、連れてくると日程も決めてから彼は帰っていき。
美兎は、火坑と二人きりになれると思ったのだが。
すぐに、狐狸の宗睦やろくろ首の盧翔がやってきて。どんちゃん騒ぎとなったわけである。
美兎は社会人に成り立てから今日まで、世界もだが日本の『三代珍味』をほとんど口にしたことがない。よくても、それまで知らなかった安いウニを回転寿司で口にした程度。
だが、この店に通うようになってから、はじめて美味しいウニを食べさせてもらったりした。甘くて磯の香りは程よく、とても口溶けが良くて美兎の好物になった。
炊き合わせや、焼きウニとかで火坑が作ってくれたりしたが、カラスミはまだ食べたことがなかった。
取り出したのは、厚切りのタラコを乾燥させたようなものだったが。
「火坑さん、それがカラスミなんですか?」
「はい。美兎さんは、カラスミが何で出来ているかご存知でしょうか?」
「……お恥ずかしながら、全然」
「ふふ。では、水藻さんはどうでしょうか?」
「はい! ボラやサワラ、サバの宮腹ですね!!」
「みや……ばら??」
「雌の子宮なんですよ。魚介類の内臓もですが、カラスミは卵も詰まっていますからね? 加工したタラコのようなものと、美兎さんは思うかもしれませんが」
「へー?」
タラコに似ているのなら、とても美味しそうだ。世界三大珍味のキャビアもまだ経験がないが、魚の卵だから似ているかも。
とりあえず、梅酒のお湯割りでお腹を温めつつ、残して置いてくれていたスッポンのスープで少々腹を満たす。頭はなかったが、甲羅のコラーゲン部分があったので遠慮なくしゃぶった。
そして火坑は、カラスミを小さなおろし金で細かくして。野菜はシンプルにネギだけ。
あとは、美兎の心の欠片から取り出した、烏骨鶏に近い少し青紫色の卵。
卵を割って菜箸でほぐしてから、一気に仕上げていくのだった。
「炒飯は高温で一気に仕上げるのが鍵です。中華鍋でなくとも、鉄鍋で油を多めに引いて強めに鍋を熱してから卵を入れます」
卵を入れた時の、じゅわっと上がる音がたまらない。
すぐに、何故か湯気が出てる温かいご飯を入れて木ベラで手早く混ぜたら、あら不思議。
べちゃつくことがなく、パラパラの炒飯になっていったのだ。
「ふふ。不思議そうな顔をされていますね?」
米をパラパラにさせながら、火坑が少しこちらを見たのだ。
「はい。もっとべちゃってするかと」
「逆なんですよ。冷やご飯の方がべちゃつく原因なんです」
「え」
「僕も初めて知りました」
完全にパラパラになったら、ネギとカラスミを入れて手早く混ぜて。軽く塩胡椒して味を整えていくらしい。もっと、中華出汁を使うかと思ったら違うようだ。
「仕上げに、鍋肌に醤油を垂らして…………はい、お待たせ致しました。カラスミの炒飯です」
そして、大きめの茶碗で盛り付けてくれた炒飯は。欲目抜きに、黄金色に輝いているように見えた。
河童の水藻にも軽く茶碗一杯くらいの炒飯を差し出したのだった。
「美味しそう!!」
「ですよね!!」
熱いうちに、とレンゲですくってから軽く息を吹きかけて。口に入れると、炒めたせいか卵のぷちぷち感がなんとも言えないくらい楽しい。
「美味しいです! ちょっとチーズのような香りもするんですけど、味付けがほとんどカラスミのせいか塩加減が絶妙です! いくらでも食べれそうです!!」
「気に入られましたか? でしたら、今度はもっとポピュラーなパスタがいいかもしれませんね?」
「う〜〜聞いただけでも美味しそう!!」
「おいひいでふ!」
美味し過ぎて、水藻もぺろりと平らげてしまうくらい。美兎もゆっくり味わって食べている間、水藻の話を聞くのだった。
「アマビエ、ですか?」
「はい。実在する妖なんですけど、厄災を祓うとかなんとかで。……人間達は僕ら河童を遠ざけて、彼ばっかり崇めているんですよ? あ、美兎さん達人間を蔑ろにしているわけじゃないです!」
「ふふ。わかっていますよ? けど、アマビエですか」
たしかに、ニュースやSNSで過去の文献などの紹介やイラストが多数上がっているのは事実。急激な暴風雨に水害などなど。それらを思うと、人間というものが何かにすがりたい気持ちが溢れてくる。
かく言う美兎が所属するクリエイティブチームでも、アマビエはちょっとした話題になっていた。
半魚人でも人魚とも違う、異形の姿。だが、愛くるしさを思わせるのだとか。全部、同僚の田城真衣の情報だけど。
「江戸後期に打ち上げたれたのを、絵師が残したとか文献は多々ありますが。彼らが幸運の象徴とも言われるのは真穂さんとも違いますから」
「……火坑さん、お会いしたことがあるんですか?」
「ええ。ここにも度々来られますよ?」
「おお!」
「う。美兎さんも気になっちゃいますか?」
「あ、すみません。純粋に好奇心から」
「ふふ。意外と美兎さんは、ここの常連さん達と遭遇する機会が少ないですからね?」
「そうなんです!」
水藻も十年近く通い続けているそうなのに、今日まで出会うことはなかった。他の常連とも、美兎はほとんど出会っていない。人間も、美作辰也だけだ。
「でしたら、僕がとっておきの友人をご紹介したいです!」
「水藻さんの?」
「人魚です」
「え!?」
陸に上がれるのか、とすぐに疑問に思ったが。水藻の話だと、人化すれば問題ないし。海ではなく河の人魚だそうだ。
年が明けてから、連れてくると日程も決めてから彼は帰っていき。
美兎は、火坑と二人きりになれると思ったのだが。
すぐに、狐狸の宗睦やろくろ首の盧翔がやってきて。どんちゃん騒ぎとなったわけである。