椿を家に送った後、俺は二階にある自分の部屋のベッドで横になっていた。
 暇つぶしにスマホをいじっていたが、真那の一周忌のことが頭から離れず、気晴らしにもならなかった。

「向き合う……か」
 
 ベッドで仰向けになったままスマホを手放した俺は、ぼそりと椿が言っていた言葉を呟いてみた。それはいとも簡単に口にできてしまう言葉なのに、何故か、手の届かない遠い場所に存在する言葉のようにも思えた。きっと椿も同じように感じていたのだろう。
 けれど彼女は、そこに向かって一歩踏み出すことを選んだ。たぶん姉である真那も、そうしてほしいと望んでいると思う。立ち止まることを嫌っていた彼女なら、今の自分たちを見て「いつまで悩んでるんだ!」ときっと怒っていたに違いない。
 俺はベッドからゆっくりと身体を起こすと、立ち上がって自分の部屋を出た。そして廊下に出ると、右手側の突き当たりにある扉に向かって歩いていく。他の部屋の扉と違い鉄製のその扉は、二階まで吹き抜けになっている家のガレージへと降りる階段へと出ることができる。
 硬いドアノブを握りしめてゆっくりと扉を開けると、隙間から夏の香りと一緒に、ほんの少しだけガソリンの匂いが鼻先をかすめた。
 扉を開けて小さな踊り場に出ると、眼下に広がるのはついさっき見たばかりのガレージの景色。親父はどこかに出かけているのか、ひっそりとしたガレージはいつも以上に広く感じて見えた。
 俺は鉄板で作られた階段へと足を下ろすと、カンカンと音を刻みながら一階へと降りていく。二階にある扉のちょうど真下、そこに真那がかつて使っていた作業机が置いてある。

「……」
 
 真那が死んでしまってから、俺は彼女の作業机にも、そしてこのガレージにもほとんど近づかなくなっていた。
 この場所に来ると、どうしても思い出してしまうからだ。
 いつもうるさい音を鳴らしながら楽しそうにしていた作業着姿の背中や、事あるごとに俺に無茶振りをしてきては変な発明品を試そうとしてくる彼女の姿を。その笑い声も、屈託のない笑顔も何もかもが目の前にある机みたいに、あの時と同じままで今も自分の心に残ってる。

「どうして……」

 無意識にそんな言葉を呟いた後、俺は真那の作業机へとそっと近づいた。机の上に置きっぱなしになっているニッパーやスパナ、それに作りかけの電子盤や小さなパーツの数々。まるで今も主人を待っているかのように、この机には、確かに人の気配がまだ残っていた。
 俺はかつて真那がそうしていたように、作業机を前にしてガレージの中を見渡してみた。ここに立って眺めて見るだけで、その景色はいつもと随分違うように見えてしまう。この場所で彼女は自分の夢を追い、好きなことに夢中になっていたのだ。

「結局……約束は叶わなかったな」
 
 机の上に残された小さな歯車を手に取りながら、俺はぼそりと呟いた。気付けば自分は、もうすぐ真那が生きていた時と同じ歳になる。
 いつか彼女が公園で話してくれた約束は、俺が16歳になった去年の誕生日に受け取ることはなかった。その日を迎えるよりも前に、真那はこの世界からいなくなってしまったのだ。